捧げ物 | ナノ


▼ 春の悪戯 (2/6)

それは、まだいのと知り合って間もなかった頃。
今では呼び捨てのいのをいのちゃんと呼んで慕っていた時期のことだった。

その年は、四月の訪れとともに桜が満開になった。

アカデミーからも見えるその桜の木の大木は、冬の間は葉をつけずにひっそりと影が薄い。
しかし冬が終わるとつぼみが一斉に開き、春を彩る薄桃色は道ゆく人々をはっとさせる。
ああ、あれは桜の木だったのか。
知ってはいても、改めてその存在を思い知らされるように。


桜はきれいな花で、ヒトを誘う――


その桜に魅力された人たちで、この時期の公園はにぎわいを見せる。
普段から遊んでいる子どもに、お花見目当ての大人が混じり、それだけで公園はいつもと違う表情になったように感じた。
たぶん私はその雰囲気に酔ってしまっていたんだ。
そうでなければ、桜の魔力にかかったのかもしれない。

いのの友だちが初めに木にのぼり、それからいのがのぼり、目に見えない勢いにおされ、私もそのあとに続いた。

いのと会うまではろくに友だちもいなくて、木のぼりなんてしたことがなかった私。
そんな私でも難なくのぼれたその木は、まるで私におのぼりなさいとでも言っているようだった。
とりたて背の高くなかった私でも手をのばせばつかみやすい幹がすぐそこにあって、歩幅に合わせたように足をのっけるスペースが空けられていた。
そうして新しい世界に踏み出した私を待っていたのは――

視界を埋めつくすピンク。
くすぐるように薫る桜の匂い。
手をのばしても届かないような大人たちの頭でさえ、ずっと下に見える。

それは、地べたに留まり舞い散る桜を愛でるしかなかった私にとって、生まれて初めて見る景色だった。

サクラ、きれいだね。

花をさしてそう言ったのか、私を呼びかけてそう言ったのか……
それは分からないけど、いのの声はすぐとなりから聞こえて、私はいのちゃんと友だちになれてよかった、心からそう思った。

そのときの聞こえた声は耳に心地よかったのに――


「怖いのは一瞬なんだからさー、大丈夫だって」


その言葉には心地よさの欠片もない。

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