掌編小説 | ナノ


▼第十二夜 「蝶舞うところ」

虫の知らせという言葉がある。
根拠はないが、何か良くないことが起こりそうだと感じることを俗にそう言う。
特に忍の中では、長期任務に就いた親しい間柄の人物であっても、その死去を感じ取る場合もあるようだ。
一般には予感という意味合いでその言葉を用いるが、蟲使いの油女一族の中では実際に蟲が人の死を伝えにくると言われている。

それは普段体に住まわせている寄壊蟲とは異なり、更には実在しない種族の蟲とも考えられている。
なぜなら、それは油女一族でも操ることが出来ない蟲だからだ。
そして一族の中で語り継がれるその蟲は、このような名称が付いている。

“生きた宝石”

その蟲を見たという者が口をそろえ、これまで見たこともないきれいな蝶だった、そう証言することから名付けられたらしい。
その蝶はどこからともなく現れては、死者の周りを優雅に舞い、そしてまた気がつくと消えている。
その蟲が現れることによって油女一族は敵の生死を知ることが出来る。

古くから飛ぶものは霊魂の象徴とされていて、他国では文学的な手法として、蝶を登場させるて読み手に死を連想させることもあるらしい。
オレ自身はまだその虫の知らせを受け取ったことはないが、もしかしたらこれがそうなのでは、と思ったことはある。

あれはアカデミー時代。
森で昆虫採集をしていると、突然暗部に包囲され、ここは危険だからと有無を言わせず家まで送り届けられたことがあった。
そのときは知る由もなかったが、後から聞いた話では、あの時分、あの森には他国のスパイが身を潜めていたらしい。
暗部に抱えられ、猛スピードで森を駆け抜けるその刹那、視界の隅に蝶を捕らえた気がした。
あまりに瞬間的だったので断言は出来ないが、オレにはあれが虫の知らせだったと思えてならなかった。
その時期はまだ蝶の舞うような季節ではなかったからだ…。

桜が赤いのは、下には死体が埋まっているからだと、そのような話が有名だが、それならばこのような言葉があってもいいはずだ。

――蝶舞う処、死者在り。

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