掌編小説 | ナノ


▼第五十七夜 「吊り橋」

いいか、この山に橋はないからな。
絶対に渡ろうとするなよ。

依頼人を護衛する道すがら、何度も言い聞かせられた。
その男はいやに真剣な表情だったらしい。

山を分け入り歩いていると、そのうち幅の狭い道に行き当たった。
一歩踏み外せばたちまち崖の下。
高さはさほどないが、轟々と大きな川がうなりをあげていた。
その音に紛れ、ふと人の声がする。
声の主を追って顔をあげると、すぐそこに古びた吊り橋を見つけた。
川をまたいだ向こう側に、集落でもあるのか。
まだ幼い子供が吊り橋のそばで遊んでいる。

ああ、注意していたのはこれのことだな、とすぐに勘づく。

相当な年代物なんだろう。
その橋は植物の弦でできていた。
かつては活躍したのかもしれないその橋も、植物がやせ細った今となっては、身軽な子供の重さにさえ耐えられそうにはない。
確かに渡ったら危ないな。

そのまま橋を通り過ぎ、道が開けたところで休憩をする。
依頼人が回復すると、さっそく見たばかりの橋を話題にした。
しかし男は顔をしかめてこう言った。

だからこの山には橋がない。
昔は確かにあったが、川の氾濫で何度も流された。
ついに再び作られることはなかったよ。

…だが、橋がなくなった後も、橋の姿を見る者があとを絶たない。
面白半分に氾濫を眺めていた者が、橋の向こうからあの世へ誘ってくるのさ。

だったら始めから、そこまで言えばいいものを。
憤慨する者に向かって男はこう続けた。

この話をあらかじめ聞いていると、橋の下を覗いたときに、突き飛ばされるんだよ。
橋の向こうにいたはずの、誰かによってな。

――っていう話を、ガキの頃に姉ちゃんから聞いて、知らない山で遊べなくなった。今思うと、思う壺だったんだろうな…。

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