▼ 0.プロローグ (1/3)
青いバラや青い鳥は、幸福の象徴として広く親しまれている。
しかし同じ青でも、青い目は時に人を不幸にすることもある。
「葉山さんって、ハーフなの?」
中学に入り、クラス内で初めての顔合わせが済んだのはつい先週のことだ。
自席で起立し、出身校と名前を告げる。
簡単な自己紹介の後には質疑応答の時間が設けられていて、新しいクラスメイトからの素朴な疑問はそこで投げかけられたものだった。
「いいえ、違います」
「でも、目、青いよね。外人みたい」
小学校からのつき合いで、事情を知る者たちは、気まずそうに視線をそらした。
反対に、事情を知らない者たちは、好奇心から身をのり出し、少女の顔をのぞき込もうとした。
少女は一瞬、教室の空気にうろたえ、そして瞳を閉じた。
葉山ソラ――それが少女の名だ。
片仮名の名前はそう多くないが、今は難解な漢字を宛てがわれた子どもも増えてきている。
とりたて騒ぐほどのことでもないだろう。
それより人の関心を集めたのは、ソラの容姿だった。
日本人なのに、目が青い。
肩まで伸びた黒髪は校則どおりきちんとまとめられている。
しかし前髪からのぞく瞳の色は、日本人離れした青。
日本人の顔立ちに青い目は不似合いで、ソラはよく人目を引く子どもだった。
「カラーコンタクトは外しなさい」と、入学式前に通りすがりの教師から注意を受けたことは記憶に新しい。
ソラの知り合いが駆けつけ誤解がすぐに解けたはいいが、多くの者がその現場を目撃していた。
中学生になったとはいえ、中身は小学生とほとんど変わらない彼らだ。
不躾に他人の繊細な部分まで踏み込もうとし、ソラはそれを拒み続けた。
クラスメイトとの距離が空くのも時間の問題だった。
それでも最後まで根気強く話しかけてきた女子生徒も何人かはいた。
しかし彼女たちは決まってまっすぐ視線を合わせて話そうとする。
どうせ目を見てるんだ――そう思い込むソラに不機嫌な態度をとられ、しまいには陰口を言う側に回ってしまった。
入学から一週間。
ソラが安心して過ごせる場所は、もはや学校のどこにもなかった。
義務感から仕方なく出席し、授業を受け、休み時間を耐えて帰宅するだけの毎日。
数日前から仮入部の期間に突入したため、話題の中心が部活動へ変わったことが唯一の救いだった。
それをきっかけに、ソラもようやくゆっくりと息をできるようになった。
しかし相変わらず自分の席以外に居場所を見つけることはできなかった。
当然、他の生徒に混じって、平然と入部体験をすることも叶わない。
その日もソラは白紙の入部希望書を通学鞄に入れたまま、一人逃げるように家まで帰っていった。
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