マギ | ナノ


綾絹に堕とされた墨池

 肉が焼かれ、衝撃に指先の骨が剥き出しになるが、珂燿は痛みを無視し受け止めている魔法の命令式を解いた。そしてルフに再変換して体内へと取り込み、即座に損傷箇所に治癒を施す。……服は再生が叶わなかったので、左肘から先の袖が消失した。

「ちっ……相変わらず器用な真似しやがる」
「そちらこそ、相変わらずだ。お前のルフは雑味があってまずい」
「うぉっ!」
「ヘタクソ」

 珂燿は吸収仕切れず、周囲に散らしてしまったルフを使い加速。驚いたジュダルが再び放った雷撃をくの字を描くように横っ跳びしてかわし、肉薄した。気温が高い南国なためか、ジュダルは得意な氷魔法は使わないようだ。
 左の指先へと珂燿は体内にあるほぼ全てのルフを集約させた。円錐、螺旋、回転……徹甲弾と化した左の貫手で、ジュダルのボルグを貫いた。

「過信は身を滅ぼすぞ」
「っ、ぐ……!」

 ジュダルの魔法は大味過ぎる。マギらしいといえばマギらしいが、それでいつまでも力押し出来ると思うのは間違いだ。
 ボルグを破ると、珂燿は纏わせていた気を解きジュダルの頭を鷲掴む。そして苦痛を与えるように締め上げ、身体を持ち上げる。頭蓋が歪む手応えを感じながら、珂燿はシンドバッドに叩頭礼を取ろうとジュダルから視線を離した時、あらぬ所から何事かと問われた。

「珂燿……貴女何をしているの?」
「皇女」
「ジュダルちゃん、よね? どうして、シンドリアに……」

 騒ぎを聞き付けて、紅玉達も広場に下りて来たらしい。呆然としながら、現状認識に勤めようとする紅玉。その時、ジュダルが一際大きな悲鳴を上げたのを聞いた紅玉は、とっさに口にしていた。

「離してあげて!」
「っ……」

 白龍から一時的に紅玉に預けられたせいか、彼女の言葉に従うままジュダルを解放してしまった。
 どさりと重い音を立てながら地面に落とされたジュダルは、頭が痛むのか手で押さえていた。紅玉が理解出来るように説明する時間は余りない。一旦下がってもらおうと珂燿は紅玉に呼び掛けた時、視界の下で黒い閃光が走った。

「皇、っぐ!」

 気がつけば、珂燿はジュダルの放った魔力に右肩を貫かれていた。魔法ではなく、タイムラグの少ない魔力だったことで対処が間に合わなかった。
 ボルグを破られた報復のつもりか、突き刺さった魔力の慣性に引っぱられ、珂燿は地面に倒れた。

「うぁ、く……」
「ってーなクソ、この馬鹿力が!」
「珂燿!」

 二人の攻防を目の当たりにした紅玉は血相を変えて、血を流して倒れた珂燿に駆け寄った。

「やっぱ紅玉か。さっきは助かったぜ」
「っぎ、は……」
「珂燿、大丈夫? 夏黄文!」

 痛みに意識を飛ばしそうになりながら、紅玉の声が聞こえた時にジュダルは咄嗟に判断した。人が良い紅玉なら珂燿を制止するだろう、と。現に、目論みは成功し、珂燿は地に臥していた。
 体内で蠢く堕ちたルフに、珂燿は表情を歪めた。浄化するには、魔力が足りない。魔力に飢えた器が、清濁を気にしない貪婪さでジュダルの黒いルフを受け入れようとするのを必死に止めさせた。

「ジュダルちゃん!」
「うるせ―なぁ。傷はもう塞がってるだろ? 魔力切れかけてたみてーから、俺の魔力を分けてやっただけさ。むしろ礼を言われても良いくらいだぜ?」
「こ、女……だい事、ありません」

 ふらつきながら、珂燿は上体を起こした。柳眉をしかめながら、ジュダルを睨みつける。龍脈の無い島で、主と離され、魔力を浪費し……厄日かと嘆きたくなる程に調子が悪い中、息を荒くしながら珂燿は力の入らない肉体を叱咤する。

「どうしてこんなことを……」
「どうして、って。戦争しに来たからだろ?」
「な……」
「戦、争……」
「なんだよ、珂燿まで馬鹿みたいな顔しやがっ……ん? 俺、言ってなかったか?」

 一つの物事に熱中すると、他の事を全て放りだす類の馬鹿だ。今回も、珂燿で遊ぶ事が楽し過ぎて、当初の目的をすっかり忘れていたらしい。
 珂燿と紅玉だけではない。皆が絶句している中で、ジュダルは楽しそうに宣言した。

「だってそうだろ!? 友好だ不可侵だなんて気持ち悪ぃ仲良しごっこするよりも、殺し合う方がよっぽど楽しそうじゃねぇか! 俺の煌帝国はすげーんだぜ!」

 彼の姿は、まるっきり玩具の自慢をする子供のそれだ。珂燿は今すぐに動けるのなら、すぐにジュダルの口を塞いでやりたい葛藤に頭を痛めた。

「なんせ金属器使いが5人もいる。白瑛、紅玉、紅覇、紅明、そして複数迷宮攻略者の紅炎だ! 紅炎はいいぜ。シンドバッド、あんたに負けねぇ王の器をもってるし、何より戦争好きだ。東大陸も俺と紅炎が組んだらすぐに全土を支配出来る。そしたら……次はここだ。煌帝国がシンドリアを滅ぼすのさ!」

 シンドリアの大地を示し、不吉な言葉を放つジュダルのその姿は……確かに、託宣を行う神官そのものだった。

「そーそ、俺はこれを言いに来ただけだけだったのにな。なんでこうなったんだ?」
「ジュダル、お前……」
「……そんなふらふらの状態でお前と遊んだってつまんねぇし言う事言えたし、今日はもう帰るぜ。ちゃあんとゴシュジンサマにも伝えとけよ、珂燿」
「待、て!」

 ジュダルの姿が南洋の空へ消えていくのを見送るしかなかった珂燿は、梢子棍を放り出すとすぐにシンドバッド王に跪き伏礼した。

「シンドリア王!」

 再生が追い付かない肉体に、内側から浸食する黒いルフ。真っ直ぐ立っている事さえ困難な状態だが、可及的速やかに謝罪をしておかなければならない。もし、勘気にふれていたら、迷宮から戻ってきた白龍の身に危険が及ぶ。我が身など知った事ではない。

「我が国の神官が大変に無礼な行いを致しましたことを偏にお詫びいたします。あの者は貴国に敵対する意志を示しましたが、こちらにおられる皇女を始め、我等に敵意は細微もございません。どうか、寛大な御心にて」
「負傷しているんだ、無理をするな。わかっているさ……姫君」
「は、はい!」
「貴女方は、一度部屋に戻られるといい。混乱していらっしゃるでしょう?」
「ですが……」
「姫君」

 渋った紅玉も夏黄文によって促され、煌の人間は一旦部屋へ戻る。そこで、自分たちの置かれた状況を冷静に整理する事が出来た。いつか、と思っていた事が今、起こったことを。

 この国は、シンドリアは、煌にとってもはや敵なのだ……。

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