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燃え尽き炎帝と矯正皇后

 羹をふぅふぅと冷ましていた珂燿は、夫の盃に入っている酒が少なくなっていることに気付いた。箸と器を置き、彼女は腰を浮かして紅炎へ酒を注ごうとした。

「っ!?」

 その時、窓の外から紅炎目掛けて飛来した物体に気付いた珂燿は咄嗟に手を伸ばしてそれをつかみ取った。何事だ、と外へ厳しい視線を向ける珂燿の横で、紅炎はさしたる動揺も見せずに相変わらず饅頭を咀嚼している。

「よー、紅炎」
「ジュダルか」

 空飛ぶ絨毯に乗ったジュダルが、片手を上げていた。珂燿の手の中にある果実と、彼の絨毯に同乗している果実は同じ。犯人は奴に間違いない。
 珂燿は奔放なジュダルを少しでも矯められないものかと注意した。既に手遅れだと解っているが、言わずにはいられなかった。

「ジュダル、食べ物を粗末にするんじゃない」
「俺、それすっぱくて嫌いだし」
「好悪は今問題にしてないでしょう。いい年なんだから好き嫌いせずに食べなさい」

 ひょいっと風や日光の出入口から我が物顔で室内に入りこんだジュダルは、叱責する珂燿を軽くいなして、紅炎の食事を不思議そうに覗き込んだ。

「ん……? 紅炎、なんかお前らのメシすげぇしょぼくねぇか?」
「今日作ったのは珂燿だからな」
「はあ〜っ!? なんだそれ、食えるのかよ?」
「だいたいは食える。それと毒味の手間が省ける」

 たまに失敗はする……言外にそうもらした紅炎が手に取った羹はまだ湯気が立っていた。常ならば毒味だなんだてとっくに冷めている品のはずだった。
 先程言ったようにしょぼい……高貴な身分の者が食すには少々質素な料理――それでも百姓では逆立ちしても食べられない料理ではあるのだが――それらを眺めながら、腰を下ろしたジュダルは堂々と珂燿に尋ねた。

「なぁ、俺の分は?」
「私は予知能力者でも貴方の母親でも無いのだから、用意しているわけないでしょう」
「皇帝のメシだから余りくらいあんだろ?」
「民の規範となれるように、余剰調理はしません」
「じゃあお前のでいいか」
「どこがいいわけかな!」

 ジュダルに強奪されそうになった皿を珂燿は取り替えしながら噛み付いた。何が哀しくて己で作った食事をやらねばならぬのだ。そんなことをすれば己が絶食する羽目になるではないか。
 抵抗する珂燿に、ジュダルは絨毯に積んでいた蜜柑を投げつける。

「いちいちうっせーなぁ」
「こら、投げるな」
「ほら、それと交換してやるからグダグダ言うな」
「夕餉と蜜柑じゃ……逆わらしべでしょうが……!」
「珂燿」

 蜜柑を捕球するために皿から手を離した隙に、珂燿はまんまとジュダルに奪われてしまった。
 ぷるぷると怒りに振るえ始めた珂燿の名を呼び、好きにさせてやれと紅炎はジュダルを庇った。紅炎がジュダルに寛容なのは今に始まったことではない。……が、この腹立たしさはなんだ。

「いいですよ、わかりましたとも」

 席や箸を奪われた珂燿は、むっつりとした顔で卓の端に避けると晩御飯となった蜜柑を剥きはじめた。

「珂燿」
「…………」
「珂燿、こっちにこい」

 珂燿は蜜柑の筋を取りながら、怨みがましい目を夫に向ける。嫁の反抗的な態度を歯牙にもかけずに、紅炎は己の隣をこつこつと叩いて珂燿を呼んだ。

「…………なんですか」
「食え」
「これは紅炎様の分ですよ」
「この程度の量ならかまわん。腹が減って不機嫌なんじゃないのか?」
「…………………」

 それを食べて機嫌を直せ、と紅炎はほかほかな肉まんを差し出す。違います、と言えずに珂燿は黙って頬張った。
 皇帝の何気ない行動で少しだけ上方修正された珂燿の機嫌株価だが、すぐにジュダルの一言で暴落する。

「つかこれ野菜ばっかじゃねえか。まずい」
「じゃあ食べるなよ」
「肉とか果物とかねーの?」
「ねえ、ジュダル。君は一回野生に帰ったら? 料理を食べなくて良いんじゃないの?」

 子供の喧嘩だと一人、箸を進める紅炎。まずい嫌いと珂燿の逆鱗に触りまくるジュダル。その度に律儀にジュダルの矯正にかかる珂燿。今日の皇帝の食卓はなんとも賑やかなものになったのだった。


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