マギ | ナノ


華燭の紅葉

 先伸ばしにしても逆に面倒ですよ、という弟の言に紅炎は珍しく不快感もあらわにして溜息を吐きたくなった。

「わかっている」

 紅炎とて皇族、ひいては皇帝ともなってしまえば恋愛結婚をしたいなどと蒙昧な主張をするつもりはない。偏に、皇后位を空けているのは適当な妃が後宮にいないためだ。
 紅明を丞相、紅覇を大将軍、麾下眷属で要職は全て固めて有史に存在しなかった大帝国は盤石な土台を築いていく最中……。

「では、どうなさるおつもりですか?」
「適任が見つかれば、だ。書庫が一つ埋まりそうだと近侍も言っていた……」

 だというのに、大量の釣り書きで書庫が埋まりそうだと近侍の悲鳴を聞いた時には、紅炎は書籍を愛するが故にそんなものは焼き捨てろと言いたくなった。収納場所の無駄だ。焚き付けにした方がまだ為になる。
 建国の濫觴という重要な時期に、下手な者を娶っても邪魔にしかならない。

「適任、ですか。まあ、焦って鶏肋や馬骨を持ってこられるよりはマシですが……」

 紅明は束ねている髪を乱す様に頭を掻きながら、紅炎の憂いに同情した。
 ただでさえ皇太子時代から女をどんどん持って来られたのだ。紅炎にしてみれば既に飽和状態であったところで皇帝に即位……東方の一帝国ではなく、世界に唯一の王ともなれば、望んでもいないのにそれこそ世界各地から話が蝗のように湧いてきた。何も考えずに焼き払えば済む分、蝗害の方が紅炎にしてみれば簡単な問題だった。

「魯鈍は論外、見目は勿論、権益があり、暗殺される危惧も、する危惧も無く、外戚を作らない……このような都合の良い女がいると思いますか?」

 紅明が指を折りながら挙げた条件は紅炎も考えている最低限のものだ。だが、このような都合の良い女が紅炎の側妃にいるはずがなかった。それほど能力があれば、妃などとつまらない事をさせずとうに手元に置いている。
 要するに紅炎や紅明が求める条件を満たす皇后は絵空事でしかない。選定には一定の妥協が必要だ。さもなくば……。

「白瑛殿」
「……………」

 やはりそこにいくか、と紅炎は頬杖をついた。尤もな話だ。皇太弟の嫡子という傍流ではなく、大帝の直系の血を信奉する者は少なくない。少々血が近いが、従兄弟なのだから許容範囲だろう。
 紅明の言葉を予想していた紅炎は、用意していた応えを放つ。

「白瑛に王佐は望めない」

 白瑛は王の資質を持つ者だ。王と女王を立たせては、いらぬ軋轢を生む。后にするには彼女個人が人を引き寄せてしまう……。それに、大帝国の為政者ともなれば綺麗事だけで国を動かす事は出来るはずがない。それは白瑛の一番の魅力である潔癖な理想を矯める事に他ならない。かといって後宮に閉じ込めて飼い殺してしまうのも、肉親の情が躊躇わせた。

「確かに、白瑛殿は公の位が相応でしょう」
「……………………」

 白瑛自身は、国の安寧の為とあらばそれを受け入れるだろうが……。可能な限り、紅炎の避けたい選択肢だった。
 益がある、ではなくいっそ害が無い、で考えた方が建設的な気がしてきた。破れかぶれ感があるが、それくらいに紅炎の精神はだれていた。一切の交流を断ち切って書庫に篭りたい。歴史に溺れたい。

「いっそ木偶でも飾るか」
「ああ、それはいい。春節が来ても見つからなければ、温めてもらいましょう」
「…………」

 全く、この実弟は有能だが遠慮が無い。
 紅明に軽くいなされてしまったが、紅炎は本当に人形でも置いてやろうか、と年甲斐も無く企んだ。そして、剥製のような目をするようになった女を思い出す。

「いたぞ、紅明」
「なにがですか?」
「都合の良い女だ」
「陛下、どちらに」

 発想を逆転させれば良かったのだ。手元に置いている者を、皇后にすればいい。全く、ありとあらゆる意味で都合が良い。人間、追い詰められれば奇策が見いだせるものだ。
 都合の良い女が解らずに怪訝な顔をしている紅明を置いて、行き先も告げずに紅炎は椅子から立ち上がった。

 この時間は何処にいるだろうか……紅炎は禁城に珂燿の姿を探した。
 世界を統一する戦いの中で、紅炎のジンという認識をされるようになった珂燿。悩ませていた白龍の件も一先ずは片が付き、紅炎の傍に侍るようになった彼女はこの国の中で所在を見つけられないようだった。暇を持て余していた、と形容しても構わない。
 紅炎は彼女に政治能力などを求めてはいない。人材には事欠かないし、相応しい者はいくらでもいた。この世界の精霊である珂燿の加護さえあれば、ルフの恩恵が幾らでも得られるのだから、ただ紅炎の手元に居るだけでもう意味があった。

「ありがとうございました。紅炎様」

 統一が叶った後、珂燿は約束通り白龍を生かした紅炎に礼を述べたが、望みが叶ったとはいえとても幸福であるようには見えなかった。生かす為とはいえ、珂燿は白龍に恨まれることになってしまったのだ。何よりも、誰よりも、深く、強く……。
 基盤を安定させるために忙しく立ち回る紅炎は、珂燿に拘らうわけにはいかず、部下から報告を受けて様子を知るばかりが多くなっていた。後生大事に梢子棍を握りしめ、大火の後に建て直された城の一角によく出入りしているとは聞いている。

「ここではないか……」

 だが、今日はそこには居なかった。暇があるわけではない。呼べば物理的な距離など関係無しに珂燿は現れるが、どういう訳か、紅炎は自力で見つけださなければならない気がした。

 いつしか、引き帰せぬほどに膨らんだ。

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