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氷の気炎はいづくんか在らん

 珂燿の慰めは、白龍の哀しみを完全に払拭することは出来なかったらしい。白瑛の返答を聞いた白龍は、当て処なく城内を彷徨った。その足が庭の土を踏む。雨晒しを選んだ主に、珂燿は傍に歩みより促した。

「若君、寒さは気を損ないます。屋内に入りましょう」

 その手は、氷のように冷たかった。雨に打たれただけではない、冷えきった白龍の手を取り熱を分け与える。
 その手はもう、珂燿が引いていた小さな掌ではなくなっていたが、今の白龍は迷子の子供のようだった。表情が抜け落ちた白龍の顔を覗き込んだ珂燿は、背後から黒いルフの気配を感じた。

「ジュダル……!」
「白龍、お前に用がある」
「……話すことなど、俺には無い」

 よかった、と珂燿は安堵した。まだそこまで、ジュダルの手を取るほど白龍は堕ちていない。
 白龍の楯となるように、珂燿は立ちはだかる。ジュダルは白龍に冷眼されても、立ち去らなかった。

「なら勝手に話す。白龍、お前さ、自分の意思で母親に逆らってるつもりかも知れねぇけど、それは勘違いだぜ。お前は母親に振り回されて、生き方を支配されてるのさ」
「違う! 俺は!」
「お前の恨みも、復讐も」
「黙れ、ジュダル」
「お前こそ黙ってな、俺は今お前のゴシュジンサマと大事な話をしてんだよ」
「ふざけ……!?」
「なっ……」
「だから、大事な話って言ったろうが」

 ジュダルの背後から現れた人物を見て、白龍と珂燿は揃って絶句した。何故こんな所に現れたのか、皆目解らなかったからだ。
 鼓動を早めるほど驚愕した二人を他所に、玉艶は艶やかに笑いかけた。

「白龍」
「強くなったお前をどうしても見せたくなってな」
「ええそう、ジュダルがあまりにあなたを誉めるものだから確かめたくて。ねえ、白龍、母に……」

 悪意に満ちた笑みを、ジュダルは浮かべていた。動けない白龍に代わり、珂燿が前に出る。白龍へ歩み寄ろうとした玉艶に向けて、珂燿は梢子棍を構える。
 皇帝だろうが知ったことか、この女から白龍を守らなければならないという一念しか珂燿の中に無かった。

「……白雄のお人形が、随分と出しゃばるようになったのね。あの時はもう、消えるだけと思っていたのに、どういうわけか生きたまま」
「……………」
「主と同じように、また殺してあげましょうか?」

 なんの予備動作も無く、珂燿は吹き飛ばされた。白龍との話を妨げさせないつもりか、真横に弾かれた珂燿は、柱にしたたかに背を打ち付けて地面に倒れた。

「珂燿!」

 衝撃に息が詰まる。すぐに立ち上がろうと珂燿が手を付き顔をあげた時にはもう、瞬時に全身魔装をした白龍が玉艶に切り掛かっていた。

「だ、め……です」

 駄目だ、まだ駄目なのだ。やはり玉艶は今の白龍や珂燿に敵う相手ではない。
 激昂のあまり有りったけの魔力を込めて槍を握る白龍の手から、血が吹き出る。それを玉艶は余裕で受け止めていた。息子に刃を向けられても、笑ったまま。両手を広げた玉艶から、夥しい黒ルフが飛び立った。
 中庭は嵐が訪れた様に荒れる。動け、と珂燿は肉体を叱咤した。震える膝で立ち上がり、足を動かす。その眼前で、玉艶はまるで口づけでもするように白龍へ顔を寄せた。

「若君!」
「もういいわ」

 氷雨よりも冷たい、玉艶の声。
 珂燿が柱に叩き付けられた数倍の勢いで、白龍は吹き飛ばされた。珂燿は白龍の身体をなんとか受け止められたが、勢いまでは殺しきれなかった。気で白龍を包み、その身体を保護するやいなや珂燿の背中に衝撃が走った。白龍を離さぬように、珂燿はきつく腕を絡めた。
 珂燿は自身の肉体を緩衝材の代わりに使った。珂燿の背は楼を突き破り、橋の欄干を砕き、塀に亀裂を作り……やっと、止まった。壁に埋まった後頭部から流れた生温い血が、白い首筋を伝う。背もきっと酷い事になっているだろうが、珂燿はまず腕の中の白龍の気を確かめた。

「………………」

 生きている。でも怪我をしている。治さなければ。だが、腕の感覚が無い。腕どころか、下半身……首から下が全て。気付けば呼吸も美味く出来なかった。受け身の取りようも無く叩き付けられた為、頸椎をやられたらしい。
 珂燿の意識が遠くなる……白龍を守らなければならないのに、身体がまるでいうことを聞かない。肉体の拘束は、こんな時に不便だ……。

「白雄のお人形に誑かされてはだめよ、白龍。あなたは一生、私のかわいい白龍でいればいいの」

 無抵抗になった二人に、玉艶はゆっくりと歩み寄った。衝撃により魔装が解けた白龍の頭を昔のように撫でて、玉艶は興味を失ったように背を向けて去っていった。

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