マギ | ナノ


ひむかしのこふるはな

 随分と感情が豊かになったものだ、と目の前で燥ぐ珂燿を見ながら白雄はえもいわれぬ感慨に耽った。白蓮と共に、珂燿をしつけていた日々が嘘のようだ。あの、血尿でも出るんじゃないかと思った苦労の日々が……。

 そもそも、出会い方からおかしかった。まだ煌帝国となる前、三国が天華の覇権を取らんと争っていた頃の話だ。行軍中に凱と吾の軍に挟撃されて、乱戦の末に部隊を散り散りされた揚句に白雄らは山中に逃げ込むことになった。白雄の身分を知っていたのか執念深く追撃されて、従者も討たれあわやという時に降って湧いたのが珂燿だった。……全裸で。
 出来過ぎている救いに白雄は勿論疑いはした。無いよりはましだ、と見知らぬ夷狄に纏っていた外套を巻き付けて詰問しても要領を得ない返答と、首を傾げるばかり。
 勝手に人を主と呼び、鳥の雛のようにどこまでも後をついて来た。獣の様に何を考えているのかわからない静かな瞳を向けてきた。
 間者だとしても一応は命を救われたわけであるし、おまけ女ということもあり装備も無い者を山中に捨て置けず、紆余曲折あり共に二夜程共に明かした。本陣に帰還した後も山中で珂燿の見せた守備や索敵能力の高さに手放すのは惜しいかと考えてしまい、ずるずると手元に置いていたらすっかり居着いてしまった。居着き過ぎて起こった騒動は両手でも数えきれない。

「あ、兄上、あれを」
「どうし……お前、その手に引きずっている兵はなんだ」
「かんじゃ」
「誰か、軍医を呼べ」
「かんじゃ」
「見ればわかる、お前一体何をしたんだ」
「これ、軍医いらん」
「殺す気なのか!?」
「白蓮、待て。もしや、間者……密偵か?」
「それだ」
「兄上、お言葉ですがどちらにしても医師は要ります」
「……そうだな」

 ふらっと姿を消しては成果を引きずって来る姿を猫か、と白蓮が言っていたが、白雄は犬のようだとなんとなく思っていた。白雄の言ったことは忠実に守るし、何も無ければそれこそ何もせずに天幕に行儀良く座っている。そして、言われなかった事は歯牙にもかけない。それが騒動の原因だった。倫理や道理というものが、この頃の珂燿には一切身についていなかった。
 皇太子の近侍に身元のわからないものを置くわけにはいかぬ。
 この意見が表面化した時、この灰色の獣は裏切らないとその時には白雄はもう判断していのだが、真っ当な意見を無下にするわけにもいかなかった。ならばなにかと突出しがちな白蓮につければ少しは抑えになるかと、甘いことを考えた。
 軍もたび重なる戦闘に混迷していたせいか、名前が無いことが判って珂燿は白雄が名付けることになったのもこの頃だ。

「兄上、申し訳ありません。こいつを、珂燿を扱うのは俺には無理です……」

 子供どころか、赤子ですよこれ……と何があったというのかぼろぼろになっている白蓮が、同じくぼろぼろになっている珂燿を小脇に抱えて、頭を抱えていたのが懐かしい。白蓮の胃痛も解らずに、我関せずと無表情でいた珂燿を思い出して白雄は失笑した。

「あげないよ」
「いらん」

 白雄に表情に気づいて珂燿はなにを思ったのか、見せびらかしていた白龍が描いてくれたという似顔絵(贔屓目に見てもあまり似てはいない)をさっと隠してしまった。
 珂燿は使える物だが使い勝手が悪すぎる、と諸将に敬遠されて白雄がなし崩しに面倒を見ることになった。その果てに、従兄弟よりも感情が動かない珂燿を案じて手のかかる末の弟に引き合わせれば、劇的ともいえる変化が起こった。
 人らしくさせたかったとは思ったがこれは…………ちょっと変わりすぎだろう。

「それでね、白龍様がね」
「わかったわかった」
「む、おなざりな。白龍様の可愛らしさを知らなくていいの? 兄なのに」
「そうだな、兄なのだからお前より白龍の事は知っている」
「!? ……主公ずるい!」
「お前な……」

 喜ぶべきか哀しむべきか、呆れるべきか……白雄にはわからなかったが、悪いことではない事だけは判っていた。

prev / next

[ back ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -