::バレンタインデー小話(TR編)

 日が落ち暗くなった室内に、カチャリと響くドアノブの回る音。恐らく回した犯人は、気づかれまいと細心の注意を払いながら回したのだろうが、ペンと紙の音しか響かないこの部屋ではとても意味が無い。

「……暮哭。部屋に入るときはノックをしろと言っただろう」

 すぐさま物音に気づいた珀憂は書類から目を離し顔を上げると、先ほどのドアノブの犯人である暮哭に向けて静かに問いかけた。

「あれ?やっぱり分かっちゃったかしら?アタシなりに気づかったつもりだったんだけど」

「これだけ静かなら聞こえるのも当たり前だろうに……」

 まったく悪びれた様子の無い堂々とした態度の暮哭に、珀憂は呆れたようにして溜め息をつく。そのまま書類を書く手を止めペンを置けば、今までの集中力が一気に切れたのか、ドッと疲れが押し寄せてくる。

 しかし、気がつけば時刻はすでに午後の十時。いつもは早くに寝るか、はたまた仲間と酒を飲んでいるはずの彼女がこの時間に訪ねてくるというのも珍しい。

「それにしても、私に何か用でもあるのか?仕事の話……という訳でもないだろう?」

「あっ。いや、あの、それは……これを渡そうと思って……」

「ん?これは……チョコレートか?」

 これまた珍しく口ごもりながら、暮哭がずっと背に隠していた茶色い小さな箱を珀憂に渡す。ピンクのリボンの付いたその箱は、よく見ると金色の字で有名ブランドのロゴが印刷されていた。

 ――しかし……

「なぜ……私に?」

 渡す理由が分からないというように彼が首を傾げると、暮哭は驚いたように「えっ?」と声を上げる。

「ちょっとアンタ……今日が何の日か、もしかして覚えてないわけ……?」

「…………誕生日……ではないな……」

 あらゆる可能性を考えてみるが、理由が特に何も思い浮かばない。今度は暮哭が呆れたように溜め息をついたのが上から聞こえた。

「もう、そんなに考えても分からないなら別にいいわよ。――じゃあ、アタシはもうそろそろ部屋に戻るから……。疲れたんだったら甘いものでも食べて早く寝なさいよ、お兄さん?」

 彼女はそう言うと、最後におやすみと挨拶を付け足してから部屋を後にした。その後も珀憂はしばらくうんうんと唸りながら何かと考えていたのだが、ついには諦めたのか椅子の背もたれにに思い切り寄り掛かった。

「あー!全然分からん!一体今日が何だと言うんだ!だって今日は二月の十四日で……あっ」

 案外自分でもマヌケな声を出したとは思っている。しかしそのカレンダーを見たところで、彼はやっと気づいたのだ。

 ――そういえば、昼間に香野が騎士団内の女性達に片っ端から声をかけていたような……。それに雅も抱えきれないほどの箱を持っていて……

「……なるほど、今日はバレンタインだったな」

 ここ最近仕事のことばかり考えていて、すっかり忘れていた。これでようやく彼女がここに来た意味も分かったというものである。

 珀憂は納得したようにフッと小さく笑うと、目の前の小さな箱からチョコを一粒取り出し口に入れた。ビターチョコで出来ているのかそれはほろ苦く、そしてとても優しい味がした。


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珀憂×暮哭
バレンタインデーということで、どうやら姐さんがチョコを渡しに行ったもようです。ふむ、珀憂さんもどうやら満更でもないようで…

2014.02.15 (Sat) 00:41
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