思惑

文字が読めないことが判明した次の日。
ナナシは午前の訓練でナナバとゲルガーに2人の名前の文字などを教えてもらったりしていた。当然2人も驚いていたが、これに関しては素直に答えてくれた。
現在は、研究室で研究資料と報告書をまとめるハンジ班の間で絵本にかじりつき、アメストリス語でフリガナを付けながら文法を学んでいく。

「うん。飲み込みが早いね。次はこの6才向けの絵本を読んでみて。」
「モブリットの教え方が上手だからよ。次はこれね、えーっと、ムカシムカシ〜」

大国ドラクマやシンの言語と比べると、この世界の文字というのはそこまで複雑化しておらず、ナナシは覚えやすく感じていた。更に話し言葉が通じていることも幸いし、スムーズに勉強が進む。

−−−−−

「そういえば、私って他の兵団の人たちにどんな風に伝わってるの?」

日が沈み始めたころ。室内にオレンジ色の光が差し込む。
ナナシはふと気になったことを口にした。まさか馬鹿正直に異世界人だとは言われていないだろうが。
ニファがコーヒーを注ぎながら答える。

「全体周知では確か、壁がまだ建てられる前に〈とある賢者〉が確立させた技術を継承しているって言われたかな。トロスト区ではその技術を駆使した討伐補佐の功績から調査兵団に加入したって。そんな賢者の話なんて誰も知らないし、正直警戒してる人のほうが多いかも・・・。エレン・イェーガーのこともあるしね。」

どうやら錬金術のことは明言せずに伝えられているようだが、警戒の姿勢を見せる兵士は多いようだ。そんなことより、なんとも具体性のない説明に引きつりながらナナシはニファからのコーヒーを受け取る。

「そう。ま、私はどう思われようが勝手だけど。」

そう言うと、ハンジ以外の4人が動きを止めて互いに顔を見合わせた。

「誤解させたらごめんね。調査兵団として、気を張ることはあると思う。でも、実際にナナシちゃんと会ってみて、個人的には仲間が増えて嬉しい・・・かな。ハンジ分隊長に付いていける人なんてそうそう居ないし!」

「そうだねニファ。私も巨人の解明に前向きな同志が加わってくれて嬉しいよ!そして私はナナシの術がソニーとビーンにどんな影響を与えるのか試そうとも思っているんだ。もちろん協力してくれるよね?従来の物理的攻撃じゃなく、また別の角度から研究できると思うんだ!エレンにも協力して貰えたらいいんだけど・・・でもまだナナシは完全には立体起動装置を扱えないし、貴重な人材をすぐ死なせる可能性は回避しないといけないから、はぁ!まだ出来ないのがもどかしいいいい!!」
「そんなこと考えてたんですか分隊長。はい、コーヒーです。・・・さっきから一行しか進んでないじゃないですか分隊長。」
「でも確かにその術に対しては俺たちも興味はあるから、壁外調査前にソニーとビーンでどのくらい通用するかは試しときたいよな。」
「アーベルさんまで!まぁそれは一理あるかもしれないですけど・・・」





翌朝、兵団本部はいつになく騒然としていた。

なんと、ソニーとビーンが殺されたのだ。
殺されたのは夜明け前、2体同時に襲撃されたことにより、2人以上の犯行が予測されている。ニファに移動ながら情報を聞いたナナシはギリッと歯ぎしりをした。

「ハンジ分隊長は昨夜旧本部に向かっていて、モブリットさんが伝達しに行ったんだけど、この光景を見たハンジ分隊長を思うと・・・・・・」

現場に到着すると巨人2体分の蒸気が立ち上っていた。その周りには兵団達が集まっている。

「どいてどいてどいて!!!!」

憲兵団の奥から聞き覚えのある声が近づいてくる。
「ハンジ分隊長!!」
ニファの呼びかける視線をたどると、丁度ハンジが馬から降りているところだった。
そろそろとソニーとビーンの亡骸に近づく。その腕はわなわなと震えていた。後ろにはモブリットが心配そうに付いている。
腕がだんだんと上がり頭の横に辿り着いた時、彼女は悲痛な叫びをあげた。
ソニー、ビーンの名を大声で呼び、今後着手する予定だった研究などについて泣き叫ぶ。

「やっぱり・・・この後やる予定だった研究とても楽しみにしてたから・・・。」
「ああなる気持ち、分かるかも。」
「え?」
「私も残念に思ってさ。」

ハンジの姿を見ながら、ナナシも研究が滞ることをとても残念に思った。大事に育てながら使っていた実験用マウスが、自分の実験とは関係のないところで死んだときの喪失感を思い出す。
それに、巨人を生きたまま連れ帰ることは容易では無いだろう。『次』が来ない可能性だってあるのだ。

今までに被検体が殺される事例がなかったのと、犯人は余程巨人に恨みを持った人物だったのだろうと予想し、まず訓練兵から取り調べが行われることとなった。トロスト区での惨状を目にした経験の浅い訓練兵なら衝動的にやりかねないからだ。
昨日、団員達に警戒されている話を聞いたばかりだったナナシは、変に自身へ疑いが向かなかったことに少しほっとした。

この件で、ナナシの立体起動訓練は取りやめになってしまったので、読み書きの練習の続きをしようと、研究室へ向かうことにした。
研究室がある階は比較的静かで、ナナシの足音だけがカツカツと鳴り響く。
そこへ別の足音が加わった。丁度研究室の扉前にたどり着いたので、ナナシが立ち止まる。すると、もう一つの足音も、ナナシの後ろで止まった。

「何か用?・・・エルヴィン団長。」
足音の正体はエルヴィン。一度も振り向かず言い当てたナナシに「ほう。」とエルヴィンの声が漏れる。
「あー、廊下の窓ガラスに反射してた。」
「なるほど。盲点だった。それだけ本部の掃除が行き届いている証拠だな。」

ハハ、と口角を上げているが、どこか違うところを見ているエルヴィンにナナシは眉をひそめる。その口元から笑みが無くなると、エルヴィンは質問を口にした。

「時に、異界の者に問う。君には何が見えて、何が敵だと思う?」

この抽象的な問いに一瞬間が空くも、ナナシは確然と答えが浮かんだ。

「・・・そうだね。この世界そのもの、かな。」

にこりと目を細めて答えるナナシに、ーー彼女への質問としては無稽だったか。と思いながら、エルヴィンは短く「そうか。」と返事をした。

「気にしないでくれ。」
「そう言われると気になっちゃうけど。」
「余計な一言だったか。・・・そういえば、今日は104期訓練兵の勧誘式がある。君の知る者もいるだろう。出席するか?」
「ミカサ達ってこと・・・?ん−、遠慮しとくわ。」

誰がどこに入団しようとナナシにとってはそれほど重大ではない。
エルヴィンと別れ、エレンが調査兵団に居る以上ミカサとはまた合うことになるだろうと確信して少し笑みがこぼれた。


−−−−−

黙々と絵本を読み解く作業が続き7冊目に差し掛かった時、突然研究室の外が騒がしくなった。どうやら隣の部屋のようだが、そこはハンジ個人の研究室兼自室となっている場所だ。
ということは・・・・・・

ーーガチャッ
「はぁあああああぁあああ」
「ため息ばかり止めてください副長。はぁ・・・。」
「ニファも出てるよ・・・。はぁ・・・。」
隣の部屋と繋がるドアを開けて出てきたのは、モブリットとニファの姿だった。2人の顔には疲労困憊と書いている。

「・・・・・・一応聞くけど、どうしたの。」
見かねたナナシの質問に2人はまたもや長い溜息を吐いた。

「今朝の騒動で分隊長を宥めて、落ち着いたと思ってちょっと目を離した隙に・・・」
「新しい子を迎えなきゃ!って馬を走らせちゃって。」
「ニファと他の憲兵にも協力してもらって連れ戻したんだけど、ほんと、どうしてあの人は巨人のことになると後先考えられないのか・・・。」
「本部に戻っても駄々をこねる分隊長を見かねてリヴァイ兵長が黙らせてくれて、今運んできたの。」

ニファが指さすドアの向こうには、グルグルに縄で縛られたハンジが横たわっている。
要は、気絶していた。




※ドラクマはロシア語、シンは中国語に近いという勝手な解釈で書いてます。(どちらも鋼に登場する国名)


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