青春って甘い
【パン屋】
いい匂いがする。香ばしい焼ける匂いがして、んんー。と部屋に充満する匂いを嗅いだ。
「気持ち悪いわよ、一色」
「だっていい匂いなんだもんー。」
昼間のパン屋さんは暇だ。朝は出勤時の会社員が、夕方は次の日の朝食を買いに来る主婦が押し寄せてくるために混むのだが、昼間はあまり忙しさはない。
母が田舎に帰ると言ったのは三日前だ。お盆なので帰省するためだ。両親が経営するうちのパン屋は決して繁盛しているわけでもなく、アルバイトを何人も雇うような忙しさではないのでたまに私が手伝いをしているのだが、母がいなくなって休みにするわけにも行かず、その間は私が父のお手伝いをするために毎日朝から働いていた。
パンは好きだった。昔から、父が私のために作る甘くてかわいいパンが大好きだった。なので、別に手伝いをすることに不満はなかった。
しかし、せっかくの夏休みに友達と遊べないのだけが少し不満だった。
でも、あとほんの少し我慢したら、母が帰ってきてまた京子やユキと遊べる。
うきうきとしながらパンを並べていると、カランカランと言ってドアが開いた。
いらっしゃいませー。そう言って入口の方を見ると、そこには見知った顔がいた。
「い…しかわ?」
「おう。暇そうだな」
「うっせ。」
笑いながら石川はトングとトレーを手にとった。どうやらパンを買って帰ってくれるらしい。
「店員さんオススメは?」
「あー、メロンパン焼きたてだよ。さっきできたばっか」
石川はパンをいくつか買ってレジに持ってくる。お客さんも一人もいないので、石川と立ち話をする。奥からパンを作っている父とアルバイトのお姉さんがにやにやしながらこちらをみているのは気のせいだと思いたい。あとで根掘り葉掘り聞かれることを想定してため息が出た。
「つかれてんなあ」
「パン屋の朝は早いの」
まだお昼だというのにもうかれこれ7時間は働いている。お腹もすいてきた。
「おつかれ。言ってももうお母さん帰ってくんだろ?」
私は頷きながらパンを袋に詰める。
「帰ってきたらみんなで遊ぼうな」
ぽん、と私の頭をなでた石川はそのまま帰ってしまった。
私のことを妹や娘か何かと勘違いしているのだろうか。さらっと頭をなでていった彼の背中を見つめながら、
この真っ赤になった耳と、後ろから聞こえるキャー!だの、青春だねぇ!だの言う声の主たちをどうしてくれるのだ。と一言文句を行ってやりたかった。