痙攣(鹿と百合)




「赤い髪の女の話をしましょう」
「赤い髪の女の話をしましょう」

その話は至極普通のもの。
ある森の奥に一人の女が住んでいて、
誰とも会わず誰ともなれ合わないで、
ただひっそりと一人で生きていた。
ある日ひょっこりと会ってしまった男と恋に落ちて、嫌いだった赤い髪を褒めてもらって、ずっと幸せだと錯覚した話。

「そしてお決まりみたいに、」
「まるでありきたりみたいに、」

男はある日山から下りて、
女は男の帰りを待ち続けて、
その髪が地につく年月を得た。
男が帰って来ないのは捨てられたからじゃなく、自分の髪が赤い所為だと信じて、男をただ、盲目に待ち続けた話。

「やがて女は湖に行って、」
「やがて一人の女と会って、」

彼女は美しい黒い髪をしていて、
どうしたらそんな髪になれるか聞いて、
「私も赤い髪だったけど、この湖の泥を毎日塗り込んだらこうなった」と、まるで夢のような話を聞いてしまった話。

「女は毎日湖に潜って、だけど」
「女は毎日泥を塗り込んで、でも」

どんなに塗り込んでも黒くならない。
どんなに潜っても美しくならない。
いつしか髪が真っ白に染め変わるまで、毎日を灰色の水の中で過ごした話。

「ある日、女は街へ出て」
「ある日、女は彼女を見つけ」

甲高い声であの男と歩いていて、
美しい黒い髪を誇らしげに揺らして、
「森の湖の赤い髪の女に、この泥を髪に塗り込んだら髪が黒くなるわと言ったら、本当に毎日そうしていたわ」と笑いながら言っていたのを聞いた話。

「その話は至極普通のもの」
「その話は至極普通のもの」

その後、女はどうなった?

「知らない」
「知らない」

赤い髪の女の話。
赤い髪の女の話。
誰も知らない物語の話。

「赤い髪の女の話をしましょう」
「赤い髪の女の話をしましょう」



痙攣=筋肉が発作的に収縮したとき、それに伴う震え。
(誰にも聴こえない唄がある)



赤い髪の女の話。
サークルの先輩から聞いた話だけど、鳥肌が立ったことだけは覚えてる。
終わりのある怖い話の方が、ない怖い話よりずっと救われてるよね。



[ → ]
[ 目次 ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -