顎骨(狼と犬)




いつかははっきりと思い出せない。

しいて言うならそう、自分があの狼に噛まれて人狼になって丁度一年後の事。
ある日、家の近くを流れている川を、生きている意味すら分からない毎日を具現した様な手首の自傷痕と一緒に、窓越しにただあてもなく眺めていた。
惚れ惚れする程透き通ってもおらず、どちらかというと汚い濁りきった色の波が、白い陽光に弱く煌めいていたのを、あの頃の絶望と共に良く覚えている。

ふと、流れて来た僅かな悲鳴、というのも頼りなげな、苦しげな慟哭。
同じ位や、はたまた年上なのか、顔立ちからそう判断出来兼ねるような顔が歪んで、口から濁った水流を吐いたり吸ったりしながら、最早泳ぐという解決策さえも忘れて、一人の少年が溺れていた。
此方には気付かないようで、来るはずのない助けを求めてさ迷う姿が見える。
苦しい悲しい恐ろしい!汚濁した流れに縛られて、ただ助けてと嘆く姿がある。
涙も見えない位濡れた頬に、恐怖という名の膜が張り付いて行く姿が見える。

どれくらい彼はそうしていて、自分はそれを見ていたのか覚えていない。
気付けば決して遅くないその流れに抱き締められて、抵抗力を失ったのだろう。
ふ、と眉間に寄せていた皺を弛ませて、掻き分けていた水流にその腕を委ねて。
最後に大きく太陽を仰いで───






「リーマス、行くぞ」

現実へ引き戻した声は、ぼーっとすんなよという僅かな咎めが交錯する。
ジェームズとピーターはもう準備に取りかかっていて、扉から洩れる光に照らされた背中はうずうずと蠢いていた。
自作の悪戯グッズを握り締め、彼はすぐに我も我もとそちらへと向かう。

瞬刻、未だに夢にたゆたう自分を待ちもせずに、開かれた扉は光に満たされた。
誰よりも早く外に飛び出したその黒い髪が風に揺れるのを見て、1つだけ想起。
彼もそういえば、あんな髪をしていた。

太陽を仰いでみた。
いつもと変わらず、
弱く白く光っていた。

いつかははっきりと思い出せない。



顎骨=顎の骨。
(繋ぎとめたのは紛れもなく)



突然のハプニングに弱いマニュアル人間なリーマス。溺れてる人を見つけても、多分助ける事が出来なさそう。

追記!
下のタイトル変えました。
今考えついたけど、きっと狼はこれを見て自分の無力さを痛感した気がする。





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