狗馬(犬と夢)




「何処にも行くなよ」

ふと、見目麗しき主が仰られた御言葉に、振り返って疑念の眼差しを向ける。
高貴なるブラック家の跡取り息子らしくなさい、今の主のだらしない風体を見たら奥様は発狂する程のヒステリックな御声でそうお怒りになられるのだろう。
本来従者として彼にお仕えする身の私としては、その御言葉を些か柔和な形にこねくり回して諫めなければならないのだが、主はそんな忠告よりも寧ろ、今し方自分が仰られた言葉に対しての何らかの解答を欲しがっていらっしゃった。

「仰られた意味が分かりません」
「何処にも行くなよって言ったんだ」
「どうして、その様な事を?」
「──お前はいつもそんなだから」

は、と短く息を切って疑念を咳ききらせるよりも先に、主はいつの間にか立ち上がって、癖で腹部の前に軽く重ね合わされた私の手を御掴みになられた。
幼い頃は私よりも小さく青白かった筈のそれは、逞しく骨張っておられた。

「風に揺られて、消えちまいそうだ。
いつの間にかどっかに遠く飛ばされて、
二度と、戻って来なくなりそうだ」

だから、絶対に消えようなんて思うな。
灰眼はいつまでも澄んだまま、くすんだ鉛の様な色をした私の目を真っ直ぐに見つめておいでだった。
嗚呼、麗しく聡明で愚鈍な私の主様。
何処までもその光を喪わずに居てくれたのなら、私はそのまま掻き消えて構わない。
右腕に眠る懺悔の傷跡が、疼く。

「シリウス様、知って居ますか?」

嗚呼、麗しく聡明で愚鈍な私の主様。
だから私は未だに消えずには居れない。
この鬱陶しいだけの感情が息絶えるまで、
私は貴方を護り続けると誓ったから。

「人に飼い慣らされた名馬は、
野に放されると死んでしまうのですよ」



狗馬=忠誠心の強い狗や馬。
(ディア、マイロード)



最初はメイドで書いてたつもりが何かボディガード的なモノになってる^∇^
犬を人に甘えさせるのが好きです。



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