めいん | ナノ
果実を捕るひと



いけないことをした。
してはいけなかったようなことをしてしまった。

春眠暁を覚えず。うつらうつらと夢うつつな中でしたキス。唇を触れさせるだけの、簡単なキスだった。
次にしたのは教室の隅。屈んで見えないようにそっと唇を食んだ。
その次は、軽い貧血で倒れた彼に、思わず舌を入れてキスをした。吸い付くように優しく、その人は抵抗しなかった。
そして、遂に。こないだ、初めて授業をサボって、屋上で、その人と、ゴールド先輩と、いけないことをした。
廊下で擦れ違い様にポケットに入れられたくしゃくしゃの紙。そこに書かれた時間帯に、書かれた場所へ、先生お腹が痛いので保健室に行ってきます、とお決まりの文句を捨てて急ぎ足で向かった。
初夏の風が吹く埃っぽい屋上。その隅に立っていたゴールド先輩の白いシャツの裾が揺れる。日の光に晒された健康的な肌色の指先や首筋が堪らなく扇情的で、そうして息を呑んだ時に振り向いた先輩の顔が、髪が、声が。

なんて顔してんだよ。

は、と鼻で笑った先輩に、それはこっちの台詞ですと言い返し、お互い何とも言わず見つめ合ってる内に、キスして、キスして、先輩のシャツの襟に手をかけて、服を脱がして、先輩の首筋、胸、鼻先、耳、目元に舌を這わせて、体がじんと熱くなって、唇からせんぱいせんぱいって信じられないほど甘ったるい声がほろほろ落ちて、でもそれ以上に甘い声が先輩の唇から溢れて、白く照らされた肩とか、潤んだ瞳とか、汗ばんだ太股とか、濡れた感触とか、とにかく熱くて熱くて、熱くて。

いけないことをしてしまったんだ。悪いことをしてしまったんだ。胸に広がる背徳感。手の平に残る汚くて甘美な記憶。砂糖で縁取られた卑猥な悲鳴。しっとりと吸い付いた唇や指先。
乱れ狂い咲いた花のように醜悪で、狂おしいほどに耽美な映像が脳裏に焼き付いて離れない。それは時折僕のからだを赤く熱させて、僕を辱めたり何とも言えない感情でいっぱいにする。そして堪らなく先輩に会いたくなって、またあのからだに触れたくなってしまう。

(いけない、いけない)

じわりと滲む朱色の熱に浮かされて、頬を両手で包む。心無しか上昇した体温を、前から吹いてくる涼風で冷ました。

今日、先輩は学校を休んだ。

もともと体が丈夫な方ではないらしい先輩は、普段から少し休みがちだった。それ自体は大して重大なことではないのだが、実は例の日以来、僕は先輩を避けていて、近頃先輩の様子をよく知らないでいた。そして、先輩が三日前から欠席しているというのを、聞いたのがつい今日のことだった。
汗ばんだ体に少し張り付く白のシャツ。ずしりと重たい鞄を抱え、僕は家路を急いでいた。別に用事があるわけじゃない。一人でいると、ただ、自分が自分じゃなくなるようで、怖かった。後ろから追い掛けてくる凶悪な影から、逃げたかった。
紅い夕焼け道を歩きながら、風の音を聞いた。布の擦れる音や、砂利を蹴る音もした。指先についた埃をズボンで拭い、胸の痛みにきゅうっと堪えた。

(なんだろ、)

不思議と、泣きたい。そう思った。ふらついた白いスニーカーが不意に止まる。甘くて苦くて、苦しくて優しくて、狂おしいほどに美しい。胸を焦がしていくのは、紛れも無く先輩の全て。触れたい抱きたい、キスをしたい。そんな想いが、吐露する暇もなく疱き溢れて、堪らない。

(……あつい)

真っ赤な夕陽に、伸びる影。ゆらゆらと揺れて、僕の足元を黒く染めた。そのからころと鳴る足音に、僕は聞き覚えがあった。
ふと顔を上げた先には、僕のよく知った、つんと跳ねた艶のある黒い髪と、凛と煌めく金色の瞳をしたその人が、少しばかり不機嫌そうな顔をして、灰色の電柱に寄り掛かりながら、静かにこちらを見ていた。
紺色の麻地に流水と菊花の模様が入った着物を羽織り腕を組む彼の姿は、何処か浮世離れした何かの化身のようで、その上品な佇まいに僕は瞼をぱちぱちと瞬きさせる。しばらくお互い何とも言わずまま見つめ合ったけれど、埒があかないと諦めたのか、先輩が小さく溜め息をついて、その沈黙は破られた。先輩の澄んだ瞳は僕を射ぬくように責めたてては、何処か悲しげに揺れている。多分、夕焼けの、せいだ。

「薄情だな」

薄い唇から零れた冷たい言葉は、口調だけ優しくなのに表情は加害者のようだった。じとりと額に、汗が滲む感じがした。

「三日も待ってやったってんのに、一度も来ないつもりだったのかよ。まさかと思って張ってたけどよ、俺は会いたくなんかなかったぜ」
「……体のほうは大事ないのですか」
「風邪だよ風邪。もう治った。確実にお前のせい」
「誘ったのは先輩のほうじゃないですか」
「別に俺はお前を呼んだだけだぜ?それに承けたのはお前だろ。別に来なくてもよかったし。今日みたいによ」

くく、と笑う。
性悪、と詰る。
じとり、と湿った拳を、先輩に見えないように握り締めた。電線に止まった烏が訝しげにこちらを見ており、青色を帯び黒光りした羽と、青墨色の先輩の髪とが透明に重なる。辺りは少し、雨水の匂いがした。

「で、感想は?」

こてん、と首を傾けて、先輩は唇に笑みを浮かべ僕に言った。え、と言葉を詰まらせた僕に、先輩はだからぁ、と赤い舌を覗かせ、ゆっくりと僕のほうへ歩みを寄せた。
コンクリートの地面を、優しく撫でるように、下駄で滑るように、歩く。厭らしく、歩く。

「はじめてのセックス、の、感想」

どうだった?なんて。無邪気に言って薄ら笑う。その時、僕はやっと気付いた。少し開いた衿から覗く白い鎖骨。薄ら紅色の唇。生々しい素足。五月蝿くて汚い、弾けるような快感が頭にがんがん響いた。
からころと、目の前に佇んだ先輩。汗が顎を伝い地面にぽたりと落ちて、ぱんと弾けた。ぬるつく指先を、ズボンの端で拭いた。

「……気持ち良かったですよ」
「そりゃ、よかった」
「先輩はどうだったんですか」
「俺は初めてじゃねーよ」
「嘘つかないでください」

そういうと、先輩は今日初めて気に入らないものを見るような顔をした。ふ、と笑みを零せば、解りやすく不機嫌になって、僕のほうを睨んだ。

「先輩も、気持ち良さそうだったじゃないですか」
「…全然良くねーよ」
「なぜそんなことを聞いたんですか」
「別に意味はねえ」

視線を外し、腕を組み直す先輩を見つめる。近付いてからわかった。先輩からは、石鹸の甘い香りがした。
考えるより先に、指先が動いた。先輩のしっとりとした頬に触れ、親指の腹で目元をなぞった。そのまま耳まで指を這わせて、ゆっくりと、薄く開いた唇を、塞いだ。

「…もう一度してもいいですか」
「……だめ」

甘く答える先輩の耳を撫で、鼻先に唇を押し付ける。ひくつく喉の動きを、今度は僕が舐めるように見つめた。重なり合う黒い影。深く深くを求める指先。ふ、と息を吹き掛けるように、汚い声で囁いた。

「今から僕の家に来ませんか」
「……いやだ」
「もう一度あなたを抱きたいです」
「…気持ち良いから?」

水槽に金魚を落として入れたような声で聞く。打ち付けられた体が痛いと鰭を動かすけれど、決して物は言わぬ魚。飼い主はきっと、鱗が剥がれたことには気付かない。

「ええ、あなたを抱くのは気持ち良いです。触れたいです。先輩、触らせて?」

細い体を抱き寄せて、卑怯にも寂しげに囁いて、甘く甘く甘く、吐露していくのは卑猥な誘惑。
汚くて、美しくて、悪いことで、甘美で、陰欝で、下劣で、そして堪らなく愛おしい。この世もあの世も世界はただ夏のとある1ページに留まり、それを境に僕はひとつ汚い大人になった。

死んだ烏は電線に止まったまま、空は赤黒く染まっていく。初夏を過ぎた、とある夏の深い夜。
先輩は僕の机の引き出しにある沢山の手紙の存在を知っている。そこに惜しみ無く散りばめられた答えを、今の僕はまだ知らない。





END

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企画主催者のきいちです。
ゴルビを先に書くつもりが、ルビゴの日という由縁でこちらが先になりました。

面白くない話を書くことに定評があるきいちですが、今回もそれに恥じることない意味不明な文章が出来たと思います。やったね!←

ちなみに二人は中学生です。
思春期うめえです。

ルビゴ楽しいけど難しいですね(^O^;;)主催者のくせに、こんなのでいいのか?!

ともあれ、最後までお読みくださり、ありがとうございました!



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