26対話

広い客間の長テーブル、その1番奥に一人。ヴォルデモートは腰を掛けていた。
大きな暖炉に火は灯っておらず、部屋はひっそりと薄暗い。豪華な刺繍の凝らされたカーテンの隙間から射し込む夕陽と、テーブルの上で灯された蝋燭だけが部屋の中を照らしていた。

蝋燭には魔法がかけられてあり、いくら時間が経っても消える事はない。
故に彼ががどれほどここで思考を巡らせていたかは、はたから見れば推測できないだろう。

客間と玄関ホールを繋ぐ木の扉の外から、規則的な足音が聞こえてくる。足音は客間の前で止まった。一寸置いてから、重々しく扉が開かれる。

1人の男――セブルス・スネイプが、黒いマントを揺らして部屋へ入ってきた。

「お呼びでしょうか、我が君」

ヴォルデモートは何も答えず、指を軽く揺らした。それに応えるようにセブルスは主人の近くに寄る。
充分に近付いたところで、ヴォルデモートは口を開いた。

「……あの夜、俺様と別れた後。ナナシ――指輪を与えた女のことだが――あいつとどの様なやり取りをした?」

与えられた仕事の状況について問われるのかと考えていたセブルスは予想外の問いに驚いたが、内心は出さずに淡々とその答えを紡ぐ。

「ご命令の通り。客間にご案内し、おもてなし致しました」
「会話はしなかったのか?」

セブルスは頭を回した。問われるということは、あの日を境にナナシの様子に変化が見られたのだろう。そしてそれはヴォルデモートにとって愉快では無いようだ。

鋭く光る赤い目の前で、失言は許されない。

「……少し。探るようなことを」
「ほう?」
「お許し下さい。我が君の安全の為、彼女が指輪を持つに……還霊箱となるに値するか、確認しておきたかったのです」

セブルスはヴォルデモートから目を逸らさぬまま、慎重に言葉を選び出した。

「彼女が転びそうになったのはご覧に?」
「ああ」
「そのときに足を痛めたご様子でしたので、癒して差し上げました。それに大層感心していらっしゃったのが決め手でしたが……ゴーストや校内の装飾品を物珍しそうに見ていらしたのもあり……マグルであると気が付きました」

ヴォルデモートは相槌も打たず、部下を見据え続ける。その様子を窺いながらセブルスは言葉を続けた。

「マグルを還霊箱に選ばれたことに最初は疑問を持ちましたが……以前、しもべの東洋人に手を出さないよう命を出されたことを思い出し……我が君の聡明な判断に辿り着いたのです。敵方はマグルを護ろうとする……ならば死喰い人が手を出さないマグルは、魔法界で最も安全な存在となる」
「……。ああ」
「素晴らしいお考えです。私は彼女にどれほど名誉なことか伝えようと致しましたが……我が君がまだ彼女に伝えていない可能性を考慮し、まずは還霊箱のことをご存知か探りました」
「どのように?」
「”貴女は魔法界で1番安全である”と伝えたのです。その反応を見れば、指輪が還霊箱と知っているかどうかが読める」
「……それで。ナナシはどのような反応を示したのだ?」
「自分が特別だからそうしたとは思えない、指輪は特別なものなのか、と私に問われました」

ヴォルデモートの瞳が僅かに揺れたことをセブルスは捉えたが、気が付かないふりをする。

「……それ故ご存知ないと悟り、私は口を閉ざしました。しかし……彼女は門でのやり取りだけで指輪の価値にお気づきになられた様ですな。大抵の女性は恋人として紹介されていると自惚れるものですが……大変謙虚でいらっしゃる」

ヴォルデモートはそこで初めてセブルスから目を外し、蝋燭の火を見つめながら、暫く黙っていた。
セブルスは主人が何か考えを巡らせていると悟り、同じく黙る。

「……その後は?」
「私が何も語らないと察すると、静かに飲みものを飲んでおられました。そのうちお眠りに」
「そうか、わかった。下がれ」

ヴォルデモートの言葉にセブルスはくるりと体の向きを変え、扉へ向かった。
その後ろ姿が小さくなるのをヴォルデモートはじっと眺めていたが、セブルスが取っ手に手を掛けたところで彼の名を呼ぶ。
セブルスは首だけを回し、次の言葉を待った。

「ナナシは何を飲んだ?」
「…………紅茶でございますが」
「下らない質問をしたな。行って良い」

元々不可解だったこの呼び出しの謎が、更に深まる。
セブルスは頭を下げ、客間を後にした。

やはりナナシには何かある。
思案を巡らせながら、セブルスはホグワーツに戻り、真っ先に校長室へ向かった。

そして1つの肖像画の前に立つ。

「早かったのう、セブルス」

先程まで眠っていたように見えたアルバス・ダンブルドアが、パチリと目を開けた。

セブルス・スネイプは、ヴォルデモート卿の対抗勢力である不死鳥の騎士団の一員。アルバス・ダンブルドアの密偵だったのだ。

「ヴォルデモートは何用で君を呼んだのじゃ?」
「還霊箱の女のことでした。あの夜、彼女とどの様なやり取りをしたのか、と。おそらく何故彼女が指輪の価値に気づいたのかを探る為でしょう」
「――――実に興味深いのう」

まるで喜ばしいことを聞いたかのように楽し気に微笑むダンブルドアに、セブルスは眉を顰めた。

「さて。整理してみようかの」

ダンブルドアは笑顔を少しだけ仕舞い、長い顎鬚を撫で始める。

「ヴォルデモートはしもべの女性を殺めようとした部下を殺し、その数日後に女性には手を出すなと死喰い人に命を出した……驚くべき事件じゃった」
「しかしその理由は分かりましたな。還霊箱にした為だ」
「……ふむ。ヴォルデモート卿が発明した還霊箱……体を失った魂がそこに還るよう仕組まれた器……」
「左様。闇の帝王は同じ過ちを許さない。ポッターから死の呪いが撥ね返り身を滅ぼされたとき、肉体を求めて彷徨った13年間が苦痛だったのでしょう」
「しかし還霊箱があれば、魂はそこへ還り、彷徨うことは無くなる……それもマルフォイの屋敷に安全に匿われたマグル。君が新たな肉体を用意する。復活は容易い。考えたものじゃ」

セブルスは青白い皮膚に血の気が帯びるほどギリギリと拳を握った。

「……あの女を殺さなければ、闇の帝王は滅びない。同じことの繰り返しになる……」
「いいやセブルス。彼女を殺める必要は無い」
「何と?」
「わしが考えるに、還霊箱が器となるのはヴォルデモートが不死の状態のときのみじゃ。ハリーが順番を間違えなければ、ヴォルデモートは不死ではなくなる。還霊箱は役立たずになり、あやつを倒すことが出来る筈じゃ」
「……あの子は何を為そうとしているのです?」
「何度も言うておるが。教えることはできん」

セブルスの眉間の皺が更に深く刻まれる。

「よいかセブルス。前に、ヴォルデモート卿があの蛇の命を守ろうとするときが来るだろうと伝えたな? そのときにハリーに話すべきことも……。併せて、彼女を殺める必要は無いことを伝えるのじゃ。彼女ではなく、あの蛇を狙うのだと。そうせねば、あの子は罪無き命を奪ってしまうことになる……」

セブルスの鋭い視線から背くように、ダンブルドアは目を瞑った。

以前、ダンブルドアはセブルスに、ハリーへの酷な伝言を託したのだ。
ヴォルデモートの魂がハリーの中で生きていると――そうまで言えばハリーには分かる筈だ――自分がヴォルデモートの分霊箱であると――――。

セブルスにあまりにも辛い役目を負わせている。

ダンブルドアは話を変えるように、ナナシへ話題を戻した。

「気になるのは、何故ヴォルデモート卿が彼女にそのような重要な役割を意識させておらぬのかということじゃ」
「如何にも。彼女は自分の身を守ることなど全く考えていないような素振りでしたからな」
「更にはついさっき、彼女が指輪の価値を知ったことについて君に探りを入れた」
「全くもって不可解だ」
「……わしにはこう思える。指輪を嵌めているから護っているのだと、彼女に知られたくないような……ヴォルデモート自身も指輪だけが理由ではないことに戸惑っておるような……」
「まるで、闇の帝王があの女性を愛しているかのような物言いですな」

セブルスは冗談のつもりだったが、ダンブルドアが真剣な眼差しを向けてきたことに驚愕する。

「まさか……」
「勿論、本人にしか分かり得ぬことじゃ」

ヴォルデモート卿が人を、しかもあれ程忌み嫌うマグルを、愛する?

しかし、信じられない気持ちが渦巻く中、もしかしたらという思いがセブルスの頭を掠めた。
ホグワーツでの2人の様子をセブルスは知っているのだ。
闇の帝王が彼女を優しく諭すのも、寝顔に目を細めるのも、壊れ物を扱うかのように彼女の体を抱き上げるのも。
あの慈愛に満ちた1つ1つの所作を、見てしまった。

「全てはわしの憶測で……少しばかり願望も混じっておるが……今、ヴォルデモート卿は彼女に対する感情と向き合っているのではないだろうか」

「……心配なのは。ヴォルデモートは人を愛することを知らないということじゃ。例え彼女を愛していたとしても……愛だと分からないかもしれぬ。相手を愛しく思うあの胸の擽りも、相手の涙を見たときの身を裂くような苦しみも……愛故だと思わないかもしれぬ」

ダンブルドアのブルーの瞳が物憂げに揺れた。

愚かにも願ってしまうのだ。
自分が救えなかった生徒が、愛を知ることを。

死して尚も自分が滅ぼそうとしているヴォルデモート卿が、救われることを。

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