アイチのアトリエ(櫂アイ にょたパラレル)
2013/02/10 01:35


錬金術士になると言って村を出たけれど、まさか森で草むしりをするとは思わなかった。勿論むしるのは雑草ではなくて大事な材料だ。中和剤緑には魔法の草が必要なのである。

「近場で取れるのはいいことだよね」

かごに魔法の草とオニワライタケとうに(どうみても栗)を詰める。これ全てに用途があるというのだから錬金術は凄い。ゴミも金に変えてしまうのだ。
風が吹き、木々の葉は音を鳴らした。かごの中はもういっぱいで余裕はない。
そろそろ工房に戻ろう。これだけあれば中和剤緑が30個は作れる。かごを持ち上げた、そのときだった。

「ワォォン!」

獣の遠吠え。揺れる草花。狼がすぐ近くにいる。
辛うじて杖を持っているけれど、それで狼を追い払えるとは思えない。その前にぼくが参ってしまう。
だったら少ない望みをかけて逃げるしかない。
かごを背負い、脚に力を入れる。深呼吸をして、いち、にの、ダッシュ!
バタバタと街の門を目指してスカートでも気にせずに走る。はあはあと息が荒くなるけれど、足を止めることは出来なかった。後ろには狼がいるのだ。

「あっ」

地面から出ている木の根につまづいた。かごからゴロゴロとうにが落ちる。唸り声が近付いてきていた。ああ、逃げられない。
胸元にある鎖に通した指輪を握りしめる。できるならば死ぬ前にもう一度あの人に会いたかった。

「エターナル・フレイム!」

低い男の声がした。森には似合わない熱を感じる。恐る恐る後ろを確認すると、杖を下ろした男と焼け焦げた狼が見えた。
風に靡く黒のロングコート。黒いズボンに通されたベルトにはあちこちにポーチが付いている。
アンバーの髪が揺れて翡翠の瞳と視線が合った。なんて綺麗な色。宝石の王様『コメート』よりも美しい。

「……立てるか」
「は、はい!」

差し出された白い手を掴み、立ち上がる。かごに残っていたうにがゴロゴロと揺れた。

「錬金術士になったのか、先導アイチ」
「……櫂、くん?」

落ち着いてじっくり見る。顔が鋭くなっているけれど、やはりぼくの知っている櫂君だ。命を救ってくれた櫂君だ。
狼に襲われても泣かなかったのに、涙がぼろぼろと零れた。









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