軋む翼のため/宿儺

生まれた時から何もかもが違っていた。性別。腕と目の数。呪力量。才能。宿儺はあまりに奇異だった。私はあまりに平凡だった。同じ胎で育まれた片割れとは思えないほどの差が、決して埋めることのできない差が、二人の間には重く存在していた。
双子は畜生腹として忌み嫌われるものだというのに間引かれることなく育ったのは、一重に宿儺のせいである。まず、男ではあったがその容姿のため人ならざる者と疑い、禍を齎す前にと彼を殺そうとすれば、その者は忽ち血反吐を吐いてのたうち回り、苦しみのうちに死んだ。呪術師さえも凌駕する、強力な呪いであった。かと言って何の力も持たない私を殺そうとしても、結果は同じであった、らしい。と言うのも、赤子の頃のことなど全く記憶になく、全て乳母から聞いた話だからである。
乳母は私ばかりをかわいがった。宿儺のことは放任がちで、端的に言ってすっかり怯えてしまっていた。世話はするが、私と宿儺とでは明らかに接する時間も接し方もなにもかもが異なった。私には膝に乗せて昔語りを聞かせたり、何かが上手く出来れば頭を撫でて褒めてくれたが、宿儺には全くそういったことはなかったようである。宿儺の方でも乳母に対してさしたる思い入れはないようで、子どもにありがちな兄弟への嫉妬というものはなかったようだ。寧ろ彼は、私と長く触れ合う乳母にこそ嫉妬していたようなのである。
8つの春、まだ小寒い日、私とくっ付いて暖を取っていた乳母を、彼は殺そうとした。いきなり突き飛ばして私から引き剥がすと、術式を行使しようとした。咄嗟に私が抱き着いて止めに入らなければ、確実にその時点で乳母は亡き者となっていただろう。何をするの、悲鳴混じりの声を上げる私に、宿儺は事も無げに言い放った。

「お前は俺のものだ」

四本の腕で体が軋むほど抱き締められた、あの背筋が凍る思いを、私は決して忘れないだろう。
宿儺は私にいっそ奇妙なほど執着していた。赤ん坊の時分に私を守ったのも、つまりはそういうことなのである。私には宿儺が私に執着する理由が分からなかった。本当に私は、術式は疎か一欠片の呪力さえも持たない、呪術師の家にとってなんの価値もない、穀潰しに過ぎないのである。宿儺にとってこれほど退屈な相手はいないだろう。師範となった術師を呆気なく倒してしまった宿儺が、ぽつりと「弱すぎて詰まらん」そう呟いたのを私は知っている。強者こそ宿儺の望む者であり、圧倒的弱者に分類される私などは早々に殺されていた方が納得がいった。けれど生かされている。心の内が理解できないまま、私は乳母に代わって宿儺が傍にいる毎日を過ごすようになった。
術師としての才のない私は、子を孕めるようになれば早々に契りを結ぶ手筈となっていた。相手はそれなりの地位にある術師の家の坊であった。けれどもそれは、呆気なく破談となった。他でもない、宿儺のおかげで。坊が私の元へ通うとなった日、宿儺はあっさりと彼を殺害した。従者諸共、鏖殺であった。望まぬ婚姻に己の無力を呪う私の元へ返り血を浴びた状態のままやって来ると、震える私を抱き締めた。

「望まぬ契りなど結ぶ必要はない。なあに、文句など俺が捻り潰してやろう」

その言葉通り、父はもはや私に胎としての役目を果たせとは言わなかった。どころか、己と私の為であれば殺しさえ厭わぬ宿儺に怯えきってーーそれまでも怯えてはいたが親として当主としての威厳はまだ保たれていた。それさえすっかりなくなってしまったのであるーー口出しさえ一切なくなった。実質この家の実権を宿儺が掌握した証拠だった。
宿儺は私に何も求めなかった。ただそこに居るだけで良いとさえ言った。双子とは言え成人した男女なのに、夜は彼の腕を枕に眠った。朝は鳥の声よりも早く彼の掠れた声に起こされた。昼は、彼が外出している時は与えられた絵巻物や庭の方をぼうと眺めたり、彼が居る時には彼の腿の上でやはりぼうと過ごした。
何の為に生まれてきたのだろう。無為に時間を過ごす中で、次第にその問いを繰り返すようになった。自問自答、答えが出ることはない。きっと私が存在しなくてもこの家の辿る末路は変わらなかっただろう。宿儺がその力で捩じ伏せ支配する。そこに私がいたから、もしくはいなかったから、そんなことは彼の力の前にはあまりに無意味だった。彼は彼一人で完成していた。
だから私は刀を手に取った。呪具ですらない小刀だったが、人一人殺すには充分な凶器だった。
夜、今日もまた私と共に眠らんとする宿儺に向けて、刃を振り翳した。月明かりに反射して、私の嫉妬に塗れた醜い顔を写し出す。殺意は、突然生まれた衝動ではなかった。ずっとずうっと、心の底に渦巻いていたものだった。勿論殺せるとは思っていなかった。激昂した彼に殺されるのでも良かった。
刃が彼の体に届く寸前、さっと指を一振りされただけで、刃毀れ一つなかった筈の刀は呆気なく砕け散った。やはり殺せなかった。どころか、傷一つ付けられなかった。悔しさに涙が溢れる。さあ次は私の番だ。覚悟は出来ている。この刀のように、私もーー

「愛している」

けれど、ふわりと抱き締められた。飛び散った破片で切れてしまった肌を治しながら、床に落ちたものを踏んでしまわぬようにだろう、副腕で抱き上げて、主腕で頬を包み込まれる。ぐらりと眩暈のするほど煮え滾る欲を孕んだ瞳。兄妹に注ぐには熱の籠りすぎた、歪みきった愛だった。

「私はお前がにくいよ」

お前は私に無いもの全て持っている。男として生まれた。圧倒的な呪力量に術師としての才能。腕と目が一対ずつ多いというのは、些細なことだ。どうして私にはない?女という性。視ることすらできない。呪具を扱えるだけの才もない。私は宿儺が妬ましかった。殺したいほど羨ましかった。私にその力があれば、そうすれば。
……どうして胎の中にいるうちに取り込んでくれなかったの。どうして育まれる前に殺してくれなかったの。

「ずるいじゃない」

私は宿儺の腕の中で泣いた。狡い狡いと幼子のように繰り返して、厚い胸板を幾度も叩いて、顔を押し付けて、鼓動を聞きながら、何も言わずただ抱き締めるだけの宿儺の腕の中で泣いていた。幾度妬いて羨んで、それでも嫌いになどなれなかった片割れに、私はとうとう殺意さえも絡め取られて、もはやどこにも逃げ場などなかったのだ。


Remedy様へ提出



prev back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -