お前は愛いな。宿儺様の口癖だった。他の、例えば当時の呪術師たちなんかにしてみれば、彼の口癖はきっと鏖殺一択なんだろうけれど。私にとってはあまりに馴染みのない、彼の傍にずっと居たにしては寧ろ聞き慣れぬ言葉であった。「ケヒ、全く、お前は愛いなあ」そしてそれは、たぶん、生まれ変わっても同じらしい。
私なんかが生きているのにどうして誰も彼も死んでしまうのだろう。仲の良かったあの子も、強かったあの人も、尊敬していた彼の人も。「私が死んだらみんなみんな生き返る、そんな世界ならいいのに」先輩が、今日はまだ血に濡れていないカッターを弄んだ。「残念だけどそんな世界じゃないから、これはいただけないな」
彼の声を覚えている。言葉は鮮明に繰り返される。世界を知らず青臭かったあの頃のことも、ひとつひとつ積み重ねる度何かが崩れ落ちたようなあの時期も、決定的に違えたあの瞬間も。優しすぎて傷付きすぎた彼のことをーー私なんかよりずっと生きるべきだった彼のことをまだ忘れられないまま、今日も私は呼吸をしている。
死にたい、と言った。消えてしまいたい、と呟いた。生きる意味も価値も見出すための時間は無為と知った。私の生には意味も価値もない、空っぽで救いようのない屑だ。だから、早く逝かなければ、と。「なら結婚してよ」彼の言葉に思考が止まった。にこりと笑う彼は紡ぐ。「死ぬくらいならさ、僕にその命を頂戴?」
「お前が死ぬなら僕も死ぬ」そう言って五条くんは私の手を握った。指を絡めて、離さないと言わんばかりに、強く、強く。今まさに飛び降りようとしていた私はぎょっとして振り解こうとしたものの、力の差など歴然である。「でもさ、見たいテレビがあるんだよね」だから後にしない?泣き出した私を抱き締める彼は暖かかった。 song:君が飛び降りるのならば/Omoi様
「どんな女がタイプだ?」出会い頭にそう聞かれ、僕は頭を掻き空を仰いだ。こいつが噂の……さて、どう答えたものか。「まず前提として、僕の好きな人は女の子じゃない」ぴくりと東堂の眉が跳ね上がる。「けど……僕の恋人は、尻と身長のでかいやつだったよ」な、宿儺。虎杖へ目を向けた、その一瞬で手を握り締められた。
どこかで見たことがある、と思った。こんな特徴的な格好、それに見目も整っていて、一度会ったなら忘れやしないだろうに、その記憶は全くない。ただ、その額の縫い跡に薄ぼんやりと既視感を覚えている。「忘れてしまったのかい?悲しいなあ」胡散臭い笑みにも見覚えなどない。けれど、「わすれてないよ」お前のことは。
心臓を一突き。特級呪具だ、並の呪霊なら一溜りもない。そうでなくとも、心臓を刺されては人は生きていられないーー普通なら。「お願いよ……お願いだから死んでよ」柄を強く握り締めたまま譫言のように繰り返す私の背に、彼の手が回される。「ーーー」ほろりと零れ落ちる涙。本当に貴方が殺せたならどんなにか良かったのに。
ふとした時に零れ落ちる。深い意味などない。瞬間的逃避。それをまさか拾われるとは思わなかった。「死にたいなあ」途端ぐるりと回る視界。目に映るのはまるで地獄。動物の骨らしきものが積み重ねられた山の頂上、この領域の主が此方を射抜かんとばかりに見ている。「俺が殺してやろうか」勝手に死に逝くくらいならば、と。
「最近、蘇生までの期間が短いよね」どうして?何かあった?それとも何もなかった?こてりと小首を傾げこちらを軽く見上げる女。まだ幼さの残る顔立ちは、無垢な印象を助長させている。『……私の知らぬところで、君がいなくなるかもしれないからだ』「なあに?」「なんでもない」そんなこと、口が裂けても言えるものか。
SCP-076-"アベル" 著者-Kain Pathos Crow http://www.scp-wiki.net/scp-076 CC BY-SA 3.0
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