勇者は魔物を監禁する
「勇者を殺せ」
魔王にそう命じられたのは、およそ一ヶ月前。
その頃俺は、魔王軍の第二番隊の隊長として多くの魔物の軍勢を率いていた。種族はフェンリルという上級クラスを誇る魔物で、人型をとることができる種族だ。フェンリルは戦闘に長け、歴代好戦的、非道を好み、人間をいたぶり殺すこともあったという。その祖先の業の影響もあってか、俺は戦を好み人間の国を多くの魔物たちとともに滅ぼした。
…それなのに。
「かわいいね、ジオ。人間に縛られて辱しめを受ける気分はどう?」
俺の目の前には、気持ち悪い表情をした勇者がいる。
勇者は人の良さそうな顔でにこにこと笑いながら、こちらを見ていた。
「やっぱり、ジオはとても綺麗だね。初めて見たときから思ってたんだ。君を縛り付けて毎晩見るのも悪くないなって。あ、確か君ってフェンリルの魔物だっけ? ペットにもいいかもね。部屋に鎖で繋いで、餌を与えてやるのもいいかも」
勇者は誰も聞きやしないのに勝手にペラペラとそう語り、嬉しそうな声をあげる。
…俺は、魔王様の命令通り、勇者を狙ってこの人間の国を襲った。
最初は良かった。街を破壊し、人間たちを殺し、城まで簡単に向かうことができた。しかし、俺たちはそこまでだったのだ。
この目の前の勇者が、信じられない力で魔物の軍を圧倒し、俺たちは目標を目の前にして滅んだ。
俺も尽力して勇者と戦ったが、最後に一撃を喰らってしまった。…そして、目が覚めるとこの状況だったのだ。
ほのかに薄暗い部屋で、頑丈な檻に入れられ、手を上から手錠をかけられて縛られていた。
鎧は剥ぎ取られており、魔王城にいた頃の衣服もボロボロで、ほぼ半裸に近い状態だった。しかし、元は魔物。こんなことでは屈しないが、檻か手錠に何らかの魔法がかかっているのか、うまく力が出せない。この、上級魔物の俺が。
「…人間…、貴様、俺をどうするつもりだ」
意図が読めない。
初めは、勇者は俺を生かして魔王について尋問するのだとばかり思っていた。
しかし勇者は捕らえてから一向にその気配は見せず、ひたすらたびたびここへ訪れては俺への賛美をしていやらしくねっとりとした視線を寄越し、その手を俺の肌へ触れされるだけ。
囚われてから一ヶ月も経つと言うのに、勇者は尋問どころか痛め付けたりもしなかった。全く謎である。
「怯えてるの? 本当に、かわいいなあ…。僕は君をどうにもしないよ。殺したりもしない。ずっとここで、僕と暮らすんだ」
「…!?」
正気なのか。
それとも、本音を言わないのか。
勇者は相変わらずねっとりとした笑みを溢すと、檻の扉をゆっくりと開けた。キィィ…と不快な音がして、扉が閉まる。
「この檻もね、王様に城を守ったお礼として特別に造ってもらったんだ。すごいでしょ? 君ほどの魔物でも簡単に閉じ込めることができる、頑丈な檻なんだ。あ、その手錠も。君を捕らえるために、特別に造ったんだよ」
「ひっ……!」
勇者が一歩一歩ゆっくりと近付いて、俺の前に座った。目線が同じになり、勇者の人間らしい顔が目の前に迫る。
「ああ……綺麗だなぁ。君は本当に、美しい…っ」
「ん゛っっ!」
突然、肩を抱かれて唇に噛み付かれるように喰われた。これが何を意味するのか、魔物の俺には理解ができない。でも昔、かつての仲間が人間はメスとオスが唇同士をくっつけると聞いたことがあった。しかし、今行われているこの行為はくっつけるどころの話ではない。喰われているに近い。驚いて口を開けてしまうと、勇者の舌が俺の口の中に入り込んで暴れまわった。溢れる唾液も吸われた。
何なんだ、この行為は…!
ビチャビチャと水音が響き渡り、勇者が最初とは違うねっとりと緩慢な動作で唇を離した。そしてはくはくと息を荒らげる俺の姿をその瞳に映すと、嬉しげに笑った。
「ジオ、キスは初めてだったんだね」
「き……す…?」
はあはあと呼吸をしながら首を傾げて問いかけると、勇者がなぜだか悶えるように口に手を当てた。「かわいい…っ!」とかすかに声が聞こえたが、きのせいだろう。
「キスはね、こうやって、唇同士をくっ付けて…愛し合う人間たちが行うものだよ」
ちゅ、と濡れる唇に吸い付かれて、勇者がにこりと笑う。
「愛し…合う……、では、なぜ今…。それに、俺は人間ではない、低俗な人間と一緒にするな」
「僕が人間だから、いいんだよ。それに、これから僕とジオはもっともっと愛し合うんだよ。」
勇者のゴツゴツとした手が俺の頬を滑る。鳥肌が立ちそうだったが、力の出ない今、俺に抵抗する術はない。
「クソ…ッ、低俗な人間め! ここを出たら今すぐに殺してやる!」
「ふふ、僕のキスで蕩けるジオも良いけど、荒っぽくて短気なジオもかわいいね…」
俺がいくら脅しても、勇者はびくともしない。それどころか嬉しそうに顔を緩め、俺の肌を優しく撫でた。
「ああ……ずっと見て触れてたら、我慢できなくなってきたな…。ゆっくりと慣らしてからって決めてたけど、もう僕も限界だよ」
「な…っどこ触って…」
「魔物はオスとメスの境目が曖昧なんだよね? ジオは立派なオスちんこがあるけど、メスみたいにお尻のおまんこもあるもんね…」
ボロボロのズボンを脱がされて、剥き出しの尻に勇者の手が伸びる。力の出ない体は人間の思うようにされて、俺は暴言を吐くことしかできなかった。
それに、勇者のうわごとのような発言にも寒気がしてならない。
どこで知ったのか、確かに魔物の大半は性別の区分が曖昧だ。オスしかいない個体は立派なオスだが、それ以外はかなり曖昧で、だからこそ魔物は繁殖力が強いとされるのだ。
フェンリルも例に漏れず性別の区分が曖昧で、俺はオスだが妊娠能力を持っている。それは魔物では普通のことだが、人間ではありえないことだと昔教わったことがあった。
「たくさんたくさん愛し合って、僕の子供を孕もうね、ジオ。」
勇者はそう言って、にこやかな笑みを向けた。
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