×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
結婚してね?


女の子は誰しもがウエディングドレスを着る日を夢見ているものだ。もちろん私もその一人である。真っ白なドレスを着て、ヴァージンロードを歩くのが夢だ。そして、綺麗だねって褒められたいものである。あくまでも自分の好きな人であればの話だ。あくまでも。

「なまえ……。また外出ようとしたでしょ。無駄だって何度言えば分かるの? 」

この目の前で溜息を吐く男とは決してそうなりたいと思わない。きっと睨み付ければ、何その目、とにらみ返される。目つきが悪すぎて怖い。後オーラもすごい。
瀬名先輩にここに閉じ込められて数日は経っただろう、部屋では何不自由なく動けるものの、外には出ることが出来ずに私は身を持て余していた。先輩の部屋は、娯楽と言えるようなものもないシンプルな部屋だったのでとても退屈だ。職場だって無断で休んでいる。きっと誰かが心配しているだろうから早く帰りたい。

「早く帰りたいよね? じゃあ俺の言うこと聞いてくれるよね? 」

先輩は優しい顔で、優しい声で、私の頭をそっと撫ぜる。言っていることはひどく残酷で、そのアンバランスさが気持ち悪かった。

高校時代に知り合った瀬名先輩は、ある日を境に私にやたらめったらと構うようになった。遊木くんに対する執着心は知っていたが、自分にそれがぶつけられると正直しんどい。だから私は高校卒業を期に先輩から逃げた。大学は絶対同じ所に来いと命令されていたが、ずっと先輩と一緒にいなければならないのは勘弁して欲しかった。
私は先輩とは違う大学に通い、そしてそこを無事に卒業して、無難に就職した。いつか先輩に遭遇しそうでドキドキしながら大学生活を過ごしたが、先輩とは会うこともなくとても平和だった。しかし、悲劇はある日突然起きたのである。

一人暮らしをしている私の家のインターフォンが鳴った。突然だったのに私は何も確認せずに開けた。それが間違いだったと気付いたのは扉を開いた後であった。

「ねぇ、あんたここで何してんの。」

顔が見えた瞬間に扉を閉めようとしたが、すんでのところで足によって止められる。変な汗が止まらなくなって、ぐいぐい扉を引っ張ったが、先輩は無理やりこじ開けて勝手に人の部屋に入って行った。

「ふーん、意外と綺麗にしてんだねぇ。」
「……。」
「何、あんた声も出せないわけ? 」
「あ、は、はい。すみません。」

出せるわけねーだろが、と心の中で呟く。この世で一番会いたくない人が自分の領内に入ってきてるんだ、無言にもなる。高校時代は割とずっと先輩と一緒にいたせいか、先輩が機嫌が悪いということも何となく分かった。ああ、面倒くさい。

「……ねぇ、何で何も言わないでどっか行ったわけ? 」
「あ、えっと、どうしても、その大学に行きたかったので……。」
「じゃあ一言ぐらい言ってくれたらいいじゃん。別になまえが決めることなんて反対するわけじゃないしさ。」

嘘つきだ、ここに嘘つきがいる! 当時の先輩に言えば絶対邪魔してきたに決まってるから言わなかったのに、何を言っているんだ。

「まぁ良いけどさ。今日ここ泊まってもいいよね? 」
「へ? 」
「まぁ一々聞かなくても勝手に泊まるけど〜。じゃあご飯食べよ。」
「あ、あの、先輩。」
「何? 」

先ほどまで不機嫌そうだったのに急に笑顔になったので、これ以上は言ってはいけないということを悟った。そして私は大人しく先輩を泊めたのであった。

それも間違いだと気付いたのは、朝目覚めた時に全く知らない天井が見えた時であった。焦る私を、横で寝そべっていた先輩がとても穏やかな顔で見ていたのはそれはそれは恐ろしかった。私はどうやら眠っている間にどこかに連れて行かれたらしかった。でも運ばれている間に起きないのは不自然だ。たぶん先輩が食事の時に何かを混ぜたのだろう。グルグルと頭が混乱している時に、先輩が急に立ち上がったかと思えば、うっとりした調子で言ったのである。

「なまえ、今日から俺とここで一緒に暮らそうね。結婚しよう。 」

開いた口が塞がらないとはこのことである。しかし、ここでうんと言えば私の人生が詰む、そんな気がしたので私は頑なに拒否した。すると先輩は私を地獄に突き落としてきた。

「うんって言うまで外に出さないから。」


そして先ほどの場面に戻るのである。この数日外に出れず、精神的に参ってきていた私にとってはとても残酷な言葉だった。対照的に、優しい表情の先輩に吐き気がする。地獄に落ちてしまえ、と心の中で呟く。
しかし、この状況から脱するにはうんと頷くしかない。何でかは分からないが、部屋から外に出ることは出来なかったし、おそらく高層タワーか何かなので窓から出ることも不可能、つまり先輩しか出してくれる人はいないのだ。外に出てしまえば、一旦家に帰ることができる。助けを求めることもできるだろう。賭けるしかなかった私は、先輩に向かって、首を縦にふる。

「ああ、なまえ! やっと頷いてくれた! 」

瀬名先輩は遊木くんに見せるようなキラキラした瞳をして、私を抱きしめた。苦しいから早く離して欲しい。


------


先輩は約束通り私を解放した。久々の外の空気に心が躍る。とりあえず、親に心配をかけているだろうから早く家に帰ろう。

「お母さん、ただいま。」
「ああなまえ!」

お母さんは、帰ってくるや否や嬉しそうに私を抱きしめる。そりゃそうだ、何日か家を空けたら心配しただろ「あなたついに瀬名くんとと結婚するのね! 」 ……はい?

「え? お、お母さん、何言っているの?? 」
「高校時代からずっと付き合ってたんでしょう? なまえが大学生になって一人暮らししてから瀬名くんずっと私の所へ来てくれてたのよ。」
「え、ちょ、それどういう、」
「お母さんが寂しくないようにって、いつも助けてくれたのよ。本当に息子みたいだなって思ってたから嬉しいわ〜!」
「なまえ……! お父さんも瀬名くんになら任せられる! 寂しいが二人で暮らしなさい! 」

何ということだ。私が知らない間に二人が完全に絆されている。助けを求めようにもこれは無理だ。ふと思い立って携帯を見ると、おめでとう!というメッセージが大量に見える。周りが完全に瀬名側に立っているとは。フラリとする私を誰かが支えた。見ると、とても綺麗な笑顔をした瀬名先輩だった。

「なまえ、絶対に幸せにするからね。」


私が先輩から逃げていた数年間、外堀が埋めに埋められていたようだ。