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疲れた。この一言に尽きる。
ここ最近大きな仕事がとっても多かったし(誰かさんのせいで)、
なにかと知り合いのアイドルたちが絡んでくるしで(誰かさんのせいで)
何だかとっても疲れていた。一人になりたい。ゆっくりしたい。なんかボ〜っと一日を過ごしたい。

「というわけで休みの日に公園まで来たわけですよ。」
「そしたら俺がいたわけだ!ワハハハ、傑作だな!」

家にいるにしてもいつ泉さんが来るか分かんないし(念のため泉さんの予定を確認したら今日はえらく忙しそうだったのでたぶん来ないけど)、いつ社用携帯が鳴るかも分からない。そのため外でのんびりして今日は一日仕事を忘れることに決めたのだった。近所の公園は広くて、遊んでいる子どももいれば、ランニングに勤しむ社会人らしき方もいる。かと言って知り合いに会うことも少ないので、ボ〜っとするには絶好の機会だ。

という私の思いも虚しく、いつものお気に入りのベンチには、思いっきり見知った顔が座っていた。レオさんが周りに紙やら何やらを散りばめているところを見ると、たぶん作曲作業をしているのだろう。思いっきり仕事に関係あるそれを眺めて途方に暮れていると、レオさんが自身の隣をポンポンとたたいた。座れということだろうか。言われた通りレオさんの隣に腰掛けた。まぁいいか、レオさんだし。こうやって作曲作業をしている時はなにやら独り言を言いながらただひたすら作曲をしているだけなので、レオさんは結構楽なのだ。ちら、と隣を見れば、レオさんがガリガリとペンを走らせていた。

「ん?なんか違うな、んー……なぁ名前、なんか話してー!」
「話?急ですね?!」
「話してるうちに思いつくかもしれないから、なんでも良いから話して!今こうなんか喉までフレーズが出てるんだけど、何か足りない!」
「は、話かぁ……あ、そうだ。」

せっかくだったらレオさんに相談してしまおう。レオさんは私の話をいつも聞いているのか聞いていないのかよく分からないし、突然アイデアが閃いたら私の話をそっちのけで作曲作業に没頭する。真剣な話をする分には苛立ってしまうことがあるが、こういう話半分で聞いて欲しい時にはぴったりの相手だ。あんまり誰かに愚痴を吐き出すことはないので、こういう時に毒を吐き出してしまおう。

「もう最近英智さんの私の使い方がヒートアップしててですね……。もうヘトヘトですよ。」
「テンシ?テンシはあんなかわいい顔して悪魔だからな!」
「それに泉さん。なぜか私の家に勝手に上がり込んで勝手に部屋の片づけとか料理とかしてくるので怖いんですよね……。まぁ疲れてる時にはありがたいんですけど。」
「分かる、分かるぞ。セナは俺にもそうだから!俺もこの前勝手に物捨てられたし!」
「零さんは最近目が怖いし……なんでだろう、本性が分かったから……?」
「レイはお兄ちゃんだからな、頼られたいという気持ちも分からんでもないな!」
「まぁそういうこともあって仕事も膨大になってきて……もう疲れてきました。」
「よしよし、名前はよく頑張ってるな♪」

レオさんはそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた。ヘアスタイルが崩れると思ったが、どうせ誰に会うまでもないし放っておいた。休みの日は身なりに本当に関心がなくなる。レオさんはしばらく私の頭を楽しそうに撫でていたが、突然「はっ!」と言ったかと思えば紙とペンを取り出して殴り書きをしだした。おそらく何か思いついたのであろう。こうなったら何を言っても聞こえないので、私は好き勝手にレオさんに吐き出すことにした。

「そもそも高校生で勉強より仕事に精を出しているのもどうなんだ?って最近悩んでて」
「……。」
「いや、今みんなすごく頑張ってることも分かってるので、ひどい話だよな、と思うんですけど」
「……。」
「普通の青春を過ごしている子たちを見ると羨ましくて」
「……。」

レオさんはただひたすらペンを動かしている。私の話なんておそらく聞いちゃいない。ここまで話を聞いていないとむしろ楽だ。このまま全部毒を吐き出しておこう。

「だからこの前英智さんに退職したいって言ったんですけど」
「え?!」

何でそこだけ聞こえてるんだよ。私が発した言葉に、レオさんのくりくりの目がさらに丸くなった。

「退職って、ESを?!」
「そ、そうですけど。」
「何で?!何で?!」

レオさんが途端に泣きそうな顔をしながら私の肩を掴んで体を揺さぶった。前後に動く私の体。おいおいおい、理由を聞くのは良いけど離してくれないと喋れないよ。舌噛んじゃうよ。私が必死にレオさんの腕をバシバシ叩くと、レオさんは気付いたのか揺さぶるのはやめた。しかし、泣きそうな顔で肩を掴んでいるのは変わらない。

「何で退職するの?!いつ?!」
「何でって……お話した通りですけど。」
「退職するなんて聞いてない!」
「え、レオさんって本当にホールハンズ見ないんですね。」

英智さんは知り合いにホールハンズで私の退職希望の話を送っていると聞いたから、たぶんレオさんに送っていないことはないだろう。おそらくレオさんはまともにホールハンズを見ていない。司くんがよく怒っていたことを思い出していた。

「ホールハンズなんか見ないし、それより退職って……納得いかん!」
「いやでも……このままだったら普通の高校生っぽい生活ができない気がして……恋愛もですし。」
「れ、恋愛?!」
「はい。昔からサラリーマンと結婚して幸せな家庭を築くのが夢だったんですけど、このままじゃ無理かなって思って。」
「け、結婚?!」

レオさんが同じ言葉しか発さなくなった。今まで話半分に聞いていたというのに急に食い付きがよくなって戸惑う。レオさん、私の進退にそんな興味があったのか。

「だから英智さんに辞めたいって言ったんですけどー……。」
「……だ、」
「え?」
「やだ!!!!!!!!!!!!!!!」

やだ?

「やだ!ダメ!退職しないで!!!退職なんて絶対認めないっ!!!テンシが許そうが俺が許さん!!!ガルルルル」
「ちょ、レオさん何を言ってるんですか、」
「ダメ、名前がいなくなるなんて、退職して俺の知らないところで知らない奴と幸せになるなんて、絶対やだ!!!!!!!!!!!!!」
「いやいや、まだ退職できないからここにいるのであって、聞いてます?」
「やだ、名前、やだああああああああ」

レオさんは私の話を聞いてるのかいないのか、私の肩を掴んでいた手を放し、その手を私の背中にまわしてワンワン泣き出した。ベンチで抱きしめられている構図を見て、周りの人が私を避けだす。あ、あのお母さん、子どもの両目を隠した……見るなってことか。恥ずかしいのでレオさんの体を引き離そうとしたが、さらにギュウっと締め付けられたので、離せなかった。どうしようパパラッチとか来てたら。また茨くんに頭を下げないといけない。前スバルくんに外でハグされたところをパパラッチに取られ、何とかもみ消してくれないかと茨くんに頼んだことがあるのだ。もみ消してはくれたものの、しばらく彼の右腕として働く羽目になった。もう二度と奴に弱みを見せつけたくない。

「レオさん、落ち着いてください。」
「ヤダ……名前、退職しない?」
「いや、それはします。いつか。」
「……。」

レオさんは悲しそうな顔をしてふらりと立ち上がった。どこ行くんですか、と聞くと、帰る、とだけ力なく呟き、とぼとぼと歩いていく。一瞬レオさんに上目遣いをされて怯みそうになったが、何とか耐えた。全ては普通のJKに戻るためだ……仕方がない。家に帰ると言ったレオさんのことは気がかりだが、ここはあえて追いかけないことにした。まさかレオさんがあそこまで嫌がるなんて思ってもなかった。思ったより好かれていることが分かってちょっと嬉しい気がする。



――――――――――――――――――――――――



「名前ちゃん、ニューディーから電話。」
「え?誰?つむぎさん?」
「うん、青葉先輩。」

あんずちゃんはそう言って電話のフックボタンを押した。なんだよこんな忙しい時に……と思ったが、つむぎさんもまた忙しい人なのでグッと飲み込む。つむぎさんが捕まることもなかなかないから、わざわざ連絡してくるということは急な要件なのだろう。

「もしもし名前です。」
「あ、名前ちゃんですか?良かった〜今お時間大丈夫ですか?」
「夏目くんが頼んできた用事のおかけで仕事が雪だるまになってますが大丈夫ですよ。」
「それなら良かったです!大変なことがありまして、今ニューディーの電話が鳴りっぱなしなんですけどね、」

つむぎさんは本当に嫌味が通用しない。私が言ったことを聞いていなかったかのように要件をペラペラと話し出した。

「月永くんが急に作曲作業をストップしてて。依頼してた人が月永くんのところに行ったんですけどずっと虚なんですって。」
「え、そうなんですか?何でだろう。」
「そう、俺も何でだろう?って思ったんですけど、現場に行った人が言うには、月永くんがずっと名前ちゃんのことを呼んでるらしいんですよ。ブツブツ小さい声だからあんまり分からなかったみたいですけどねー。」
「え、ホラーですか?」
「真面目な話ですよ!もう!」

電話越しでつむぎさんがプリプリしているのが分かったが、私の頭はそれどころじゃなかった。レオさんが作曲作業を止めてしまった=私の名前を呼んでいるという話になったということはそれはつまり。

「レオさんがそうなったのは私のせいって言いたいんですか?」
「俺はそうは言ってませんけど今現場に行ってる月永くんのお客さんはそう思ってるみたいですねー。」

いやいや、つむぎさん怖。私は仕事を始めてつくづく思うが、英智さん、零さん、泉さん、斑さんや凪砂さんやら燐音さんやら怖い人にはたくさん接してきたが、つむぎさんが一番怖い。こうやってほんわかしてるけどいやに頭が回る人は一番怖いのだ。つむぎさんはお偉いさんに私の弁解をしてくれる感じでもない。長いものに巻かれるタイプ、一番敵にしてはいけない。と勝手に思っている。

「…………レオさんは今は寮ですね?」
「そうですよ、寮の部屋の隅に蹲ってるらしいです。」

スケジュールを確認した。今は奇跡的に何も入っていなかったので、夏目くんに頼まれていたステージ関係の書類仕事をやろうとしていたのだが、レオさんが優先だ。レオさんの曲が世に出ないとなるもESにとって大損失だ。ライブも近い。かっこよくないレオさんを見せるわけにはいかない。

「とりあえず行ってみます。その代わり寮の許可の申請やっておいてくれますか?」
「ありがとうございます!名前ちゃんならそう言ってくれると思ってもう申請出してました!」
「さ、左様でございますか。」

完全につむぎさんに転がされてる。

星奏館に行くのは久しぶりだ。ちょっと前に酔っぱらいのアイドルを送るために行ったら零さんに叱られたのでしばらく近寄らないようにしていたのだ。スバルくんに遊びにおいでよと言われていたが、あの時の零さんの顔を思い出していつもやめる。美人の真顔は怖いのだ。
レオさんの部屋番号を教えてもらっていたが、番号を探さなくてもすぐに見つかった。大人たちがレオさんの部屋の周りに密集していたからだ。

「あ!名前さん来た!」

大人の一人が私を見つけつなり声をあげた。あの方は前ご一緒した音楽会社のプロデューサーだったか。レオさんの音楽をえらく気に入っていた覚えがある。

「よかった〜名前さんが来たらもう安心だ!」
「月永がすみません、今どんな感じなんですか?」
「見てもらった方が分かると思うけど……あんな感じだよ。」

そのプロデューサーが示した先にレオさんがいたが、確かにつむぎさんが言うように部屋の隅にいた。三角座りをしている。あちこちに紙が散らばっているので、おそらく何かを書いていたのだろうが、今は何もしていないところを見るとはかどっていないのだろう。レオさんに近付いてレオさん、と呼んでみたが、返事がない。屍……ではないようだ。ふと足元の楽譜のようなものを手に取った。殴り書きのようだがなんとなく読めた。これは……。

「れ、レクイエム……。」
「え、名前……?」

レオさんの作っている曲が暗そうなものばかりだ。これも、これも、あまり明るいテイストではない。横で蹲っていたレオさんがゆっくりと顔を上げた。レオさんは私と目が合うや否や、ガバっと私に抱きついてきた。

「名前!!!辞めないで!!!!!」
「も、もしかしてそれでしばらく作業止まってたんですか?勘弁してくださいよほんと。」
「依頼されたテイストの曲が作れなくて……だって名前が辞めるって言ったから……。」

もしかしてそれで私の名前を呟いていたと言うのか。事情を知らなければ周りの大人たちによからぬことを妄想されやしないだろうか。今こうやって抱きついてるわけだし余計。

「名前がES辞めて結婚したいって言ったから……そこから名前がどっか行っちゃうことばっか想像しちゃって……。」
「いや、ES辞めてすぐに結婚するわけじゃないですから。ちゃんとそういう人が見つかった時に結婚しますからもうちょっと先ですよ。」
「でも別の奴と結婚するんじゃん!だから、考えても考えても暗い曲しか作れなくて、」
「それであんなたくさんの人たち待たせてるんですか?!」
「だって考えつかないんだもん!」

そう言ってレオさんは私をさらにぎゅうっと抱きしめた。聴衆の前でしょ。やめてくれ。すると、近くにいた音楽会社のプロデューサーがすす、と近付いてきて私にチョイチョイと手を振って合図をしてきた。こっちへ来いということか。
レオさんを何とか宥めすかして離してもらい、プロデューサーの方へ行く。プロデューサーは私に耳打ちした。

「名前さん、ここは月永くんにESを辞めないって言ってくれないかな……。」
「は。」
「ほら、見てわかる通りずっとあの調子でさぁ。俺らの会社も二週間くらい納期待ってんのよ。他の奴らもそんな感じでさ。」
「いや、そんな私が辞めないって言ったところで変わらないと思いますけど……。」
「いや!絶対変わる!これはおじさんの長年の勘!ついでに名前さんがチューでもしたら絶対大回復する!頼む!!!」
「は、はぁ……。」

最後の発言は普通にセクハラなので、この騒動が終わった後に英智さんにチクるとして、確かにこの状況は良くない。しかも原因が私の言動にあるときた。この人数の作曲が滞ってるとなると、多くの利益を損なってしまう。辞めようやめようと思ってる割にすぐ会社のことを考えるあたり己の社畜精神が虚しくなってくるが、確かにレオさんの曲は素晴らしいし私も大好きだ。もしこのまま回復しないとなると……。

「レオさん。」
「名前……?」
「すみません。謝ります。全部、その冗談でしたー……はは、なんつって……。」
「冗談?」

レオさんの目が丸くなる。

「冗談ってどこまで?」
「あの、さ、最初から……。」
「じゃあ、名前辞めないってこと?」

コテンとかわいらしく首を傾けるレオさんと対象に、まさかこの状況で辞めると言うんじゃねぇだろうな……と言いたげなかわいくない大人たちの圧をひしひしと感じる。この場を凌いでしまえばレオさんは再び通常に戻ると思えばいたしかたない……。レオさんが曲を作ることによって、下手したら億の利益が出る今、大人たちの気持ちもすごく分かる。自分の気持ちに嘘をつきたくはないけれども、

「やめません……。」

私はつむぎさんと一緒で結局長いものに巻かれるタイプなのだ。
その後は私の発言に喜んだレオさんが急に作曲を始め、ものすごい勢いでたくさんの曲を書き上げたとかなんとか。

「あ、名前オハヨー!今日ニューディーなの?」
「レオさん、おはようございます。今日は一日ニューディーですよ。」
「ふーん。あ、じゃあ昼一緒に食べよ!」
「いいですよ、13時くらいになりますけど……。」
「うん!俺も大丈夫!あ、あと名前!」
「はい?」
「会社、辞めないよな?」
「…………………………はい。」
「そうだよな、じゃあな、名前!愛してるよ!」

そう言ってウインクをして去っていったレオさんを見ながら、身震いする。最近レオさん毎日のようにこれ聞かれるんだけど、何?ホラーですか?