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昔々、


「あ、マレウスさん。」

大学の授業が終わり、真っ直ぐ家に帰っていると、最近お隣に引っ越してきたマレウスさんが目の前を歩いていた。思わず声をかけると、彼はくる、と後ろを向いた。どの角度から見ても整った美しい顔である。

「お帰りですか?」
「ああ。この辺りを散歩していた。見慣れない物が沢山あって興味深い。」
「そうですか…。」

マレウスさんが引っ越してきて数日経った。最初は見かけても声をかけるのが憚れるほどの存在感があって、話すたびに緊張していたけれど、今はこうやって自分から話しかけられるようになった。意外と、話してみると表情が柔らかくなる。私も彼と話すのは不思議と落ち着いた。

「今日も大学に行っていたのか。」
「はい。話が長くてもうクタクタですよ〜。今日はご飯作る気にならないな〜。」
「毎日自分で作ってるのか。」
「そうですよ!なんだかんだ一人暮らしですからね。そういえば、マレウスさんは普段ご飯どうしてるんですか?」
「ああ、用意してもらってる。……そうだ、良かったら僕の部屋で食べるか?」
「え?!」

突然の提案に驚いていると、マレウスさんは何を驚くことがあるのか、みたいな顔をしていた。私は反対に、出会ったばかりの人の部屋に招かれるとは思わなかったから、思わず固まってしまった。

「いつも多めに用意されるから、一人増えたところで問題ない。」
「え、いやいやいや、用意って、それ彼女さんが用意しているんじゃないんですか?」
「彼女ではない。」

マレウスさんはちょっとムッとした表情で答えた。彼の話を聞くと、彼の身内のような人が毎日彼のためにご飯を用意したり部屋の掃除をしたりしているらしい。なんだそれ、マレウスさん、只者じゃないと思っていたけれど、実はお坊ちゃんなのか。でも、それらしき人たちが出入りしているのを見たことがないのだけど、一体いつ来ているのだろうか。

「今日は恐らく食べても問題ない日だ。せっかく隣人になったので、いつも世話になっているお礼をさせて欲しい。」
「食べても問題ない日??そんなのあるんですか。」
「…ああ。物凄い腕前のシェフが一人居るんだ。彼が作ると聞いた日は僕がわざわざこの世界のご飯を買いに行く。」

マレウスさんはどこか遠い目をした。なんだろう、突っ込んだ方が良いのだろうか。というか、この世界って何だろう。少し浮世離れした人だと思ってはいたけれど、独特な世界観がある人だなぁ。そう思うと同時に、私はマレウスさんに予想以上に気に入ってもらっているんだな、とぼんやりと思った。私がマレウスさんにしたことなんて、玄関先で会えば軽く挨拶するくらいだ。それなのに、いつも世話になっているからと私を部屋に上げようとするなんて、私は少し彼が心配になった。こんなことをすると勘違いする女の人がいっぱいいるだろう。一体何人の女性が彼の純粋さに惑わされたことだろう。
私が考えている間に無言になっていると、する、と手を取られた。

「駄目だろうか?」

途端に眉を下げて心配そうにこちらを伺うマレウスさんに、う、と思わず声が出た。こんな目をされて断れる人なんているわけがない。

「わ、分かりました……。」

思わずそう言うと、マレウスさんはそうか、とだけ呟いた。その後、お互いの部屋の前に着き、
「では、待っているぞ。」
と微笑んで彼は自身の部屋の中へと入っていった。私も軽く手を振り、自室に入る。後ろ手で鍵を閉め、しばらく立ち止まった。何故か妙に緊張してしまう。思わず約束してしまったが、一人で男の人の部屋に入るのは気が重い。はぁ、と軽くため息を吐きながら、少ししたらマレウスさんの部屋に行く準備をするか、と思いカバンを置いた。
どうしてあんなに気に入られているのだろうか。よく分からない。そう思っていると、私の携帯が震えた。ディスプレイに表示された名前を見て、またため息を吐く。母だ。

「……もしもし。」
『あ、ナマエ!元気?さっきナマエに荷物送ったから今週中には届くと思うの。ちゃんと受け取ってね。」
「うん、ありがとう。」
『どう?最近は変なこと起きてない?大丈夫?』
「大丈夫だって。もう、心配しすぎだよ。」
『当たり前でしょ。ナマエをまた失うなんて、……もうごめんだもの。』

電話口で母の声が暗くなった。私も思わず無言になる。

「大丈夫だって。もう数年経ったじゃん。こうやって一人暮らしもできてるし、何もないよ。」
『…うん、分かってる。分かってるんだけどね。』
「荷物は受け取っておくから。今回は何を入れてくれたの?」
『今回はね、ナマエの好きな物たくさん詰めたのよ!まずはね、』

電話口で母の弾む声が聞こえた。
あれから数年経った。私は未だに、あの時何があったのか思い出せずにいる。