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恋と芽生え


ナマエは授業中、ある一点を見つめていた。それは教科書でもノートでも、トレイン先生の顔でもない。彼女が見ていたのはただ一人、自分の前の席に座る男の後ろ姿であった。

(ああ〜ジャミル先輩は今日も麗しい……。)

ジャミルは当然授業に集中しているので、ナマエが見ていることに気が付かない。彼はひたすらに、ペンを動かしている。オーバーブロットの騒動後、彼は自身の能力の高さを隠さないようになった。勉強面もそうである。元々何でもできる人だということは知っていたが、勉学も魔法も他とはかなり秀でていることが分かった今、ナマエの目はジャミルに釘付けであった。ナマエも別にジャミルの能力や権威などに惚れているわけではない。エース関係やサバナクローでの一件を通して、たまに話すことがあったが、同級生や周りの先輩には見られない冷静さが、ナマエには大人っぽく見えた。そこから気になる先輩、程度だったのが、あの騒動後に何かとスカラビアにお邪魔することが増え、変わっていった。カリムに毒を吐きながらも料理を作り、客をもてなし、そして来客者にも嫌味をちくりと刺す。急に来るとなると一人分作る量が増えるんだ、君はそんなことも頭が回らないのか?と言ってニヤリと笑うのだ。普通だったら少し苛立ってしまうところ、このナマエは少し違った。あの大人っぽいジャミル先輩のちょっと子どもっぽい一面……。とキュンとしてしまったらしい。それ以来ジャミルを目で追っては新たな面を見てどんどん恋に落ちていったというのである。

(今日授業こっち出て良かったな。まさか一緒だなんて。欲を言うなら隣の席が良かったけど……。いやいや、それは欲張りすぎだ。ああ、でもできればこっち向いてくれるかな…、なんて……。)
「ナマエ。」
「え?!じゃ、ジャミル先輩?!」

ナマエは自分の心の声が漏れ出ていたのであろうか?と思って途端に焦る。まさかこのタイミングで彼が振り向くと思わなかったのだろう。しかし、ジャミルは少し焦った顔をしていた。無理もない。今は授業中である。それも厳しいと評判のトレインだ。そしてジャミルが焦っていた理由はそれに関連するものだった。

「ナマエ。」
「え、トレイン先生?」
「さっきから当てられているぞ、ナマエ。」
「先ほどから何度も呼んでいる。教科書を読みなさい。ページ数は先ほど言ったところ。まさか聞いてないと言うまい。」

トレインはじっ、とナマエを見つめた。勿論ナマエは聞いていなかったが、あの、えっと、と言いながら適当に教科書を捲った。どうしよう。これで聞いていなかったのがバレたら確実に説教が待っていたため、ナマエの頭の中はその言葉で一杯であった。グリムはすやすやと夢の中にいるのであてにならない。先生になぜ聞いていなかったと問い詰められた時に、ジャミル先輩を見つめていた、なんて言えるはずもない。ナマエは混乱していた。この状況を打開できる方法が全く思いつかなかった。
その時である。フワッと紙切れが飛んできた。見ると、"166ページ5行目から"と書かれている。ナマエはそれを見て急いでページを捲り、書かれた箇所を読み始めた。

「ーこうしてドラゴンは一箇所に集って住むようになった。」
「よし、そこまで。では続いての箇所を読んでもらおう。次は挙手制にしよう。」

トレインが次の生徒を当てたのを見て、ナマエは胸を撫で下ろした。ああ、良かった。それにしても、誰がこれを吹かせてくれたのだろうか、と周りを見渡した時、ジャミルが姿勢を前に直していたのが見えた。彼は何事もなかったかのように再びペンを動かしだす。彼が授業中にナマエに話しかけることはなかった。



「ジャミル先輩!」
「ナマエ。」
「あ、あの。さっきはありがとうございます。助かりました。」
「ああ、君はちょっとボーッとしすぎじゃないか?トレイン先生が何度も呼んでいるのに全く気付きやしない。あそこで授業が止まるのは困ると思ったから助けたが、今度は手は貸さないぞ。」
「て、手厳しい……。いや、でも本当にありがとうございます。何かお礼をさせてください。」

ニヤリと笑うジャミルに、ナマエは苦笑した。彼の言っていることはもっともで、ナイトレイブンカレッジ生だったら普通は手助けしない。それでも、ジャミルが助けてくれたことがナマエは嬉しかった。普段もお世話になっているし、少しでも何か役に立ちたいと思ったのである。

「君に頼めることなんて……あ、それなら今度カリムが宴をすると言い出した時に手伝いに来てくれ。」
「お手伝い?」
「ああ。前に夕飯を用意するのを手伝ってくれただろう。人数は増えるに越したことはないからな。」
「そ、それだけで良いのでしたら、ぜひ!」
「よし。じゃあ必要になったら呼ぶ。忘れるなよ。」

そう言ってジャミルはナマエの頭に手でポンと触れ、ナマエの向きとは逆の方向へと歩き出した。向こうで、ジャミルー!と大きな声が聞こえたので、おそらくカリムの元へ向かうのであろう。ナマエはしばらくまた彼の後ろを見つめていた。彼女の頬は心なしか、先ほどより赤く染まっていた。

「ふな……何だあいつ気持ち悪りぃ……。別人じゃねーか。」
「え、何だあれかっこよすぎんか?」
「ナマエ、お前あんなんが良いのか?センス悪いんだゾ。」
「だって何あれ?あんな人いる?いや、いないね。ああ、やっぱりジャミル先輩は本日もお美しい……。」

ナマエは両手を合わせてうっとりと廊下で佇んだ。背後から忍び寄る影にも気づかず、ただただそこに立っていた。

「こんにちは、ナマエさん。」
「出たなジェイド先輩。急に目隠しするのはやめてください。めっちゃ怖い。」
「ふふ、相変わらずですね。ところでナマエさん、今から時間はお有りで?」
「え?……いや、今からはちょっと」
「そうですか、では少しお話ししましょう。ちょうど今からここが空き教室なので、この中で。」
「話聞いてます?」

ナマエはあれよあれよと言う間に空き教室に連れ込まれ、座席に座らされた。そこで気付いたのだが、グリムがいつの間にかいない。どうやらジェイドがきた瞬間に逃げ出したらしい。あの野郎…と思っていたところ、横にジェイドが座る。座ったところで彼は大きく、ナマエはかなりの圧を感じた。正直この双子は苦手だった。今話しているジェイドは何を考えているかよく分からない。いつもニコニコしているが、オクタヴィネルやスカラビアで一件で、腹の底が読めない人物であるとナマエは認識していた。そのため出来るだけ手短に済ませたい。そう思っていた時である。

「すみません、急にこんなことして……。実はフロイドのことで少しお話が……。」

ナマエは途端にドキリとした。ナマエは双子のことが苦手であったが、このフロイドのことはジェイドよりも苦手であった。気まぐれで、機嫌が良い時は抱きついてきたり笑顔で手を振ってくれたりするのだが、機嫌が悪い時は泣く子も黙るくらい顔が怖かった。一度話しかけてしまったことがあったが、あの長い足で、ナマエの体すれすれのところの壁を蹴り、「周りチョロチョロしてんじゃねーよ」と低い声で言われたのがトラウマだった。
それ以来フロイドはなるべく避けていたのだが、この前エースたちと遊びでトランプをした時である。ナマエはボロ負けだった。今思えばおそらくエースのイカサマであったが、エースは圧勝し、デュースもそこそこ勝ち、彼女だけが負けた。罰ゲームは自分の苦手な先輩に話しかけることであった。

「よし、ナマエ!今すぐモストロラウンジ行くぞ!」
「や、やだやだ!怖い、フロイド先輩怖い!」
「男に二言はないぞナマエ!一緒に行くからやってこい!」
「ひ、人でなしぃ〜〜〜〜!男じゃないし!」

そうして三人で、モストロラウンジでお茶をした。仕方がなかったので、ナマエは自分のテンションを上げるため、その日は好物のパフェを食べた。刻一刻とフロイドに話しかける時間が近付いていたが、どう話しかければ良いか分からない。そんな時に何気なく自分の制服のポケットを探ると、中に飴が入っていたことを思い出した。

(とりあえず仕事お疲れ様ですって言ってこれ渡せばいっか。それで終わろう。そうしよう。)

ナマエは心が折れそうであったが、それでもまた一口パフェを食べた。自分の心を食べ物で元気付けるしかなかったのである。

「……ナマエさん?聞いてますか?」
「は、せ、先輩。すみません。」

彼女が回想をしているうちにジェイドは話を終えてしまったらしい。ナマエは背筋を伸ばした。先程からジェイドはどこか楽しそうである。ナマエは、オクタヴィネルの人が嬉しそうにしている時は何かがあるということはなんとなく分かっていたので、嫌な予感が止まらなかった。まさかフロイド先輩、あの時のこと怒っているんじゃとまで思っていた。

「すみません、それで、何でしたっけ?」
「ああ、やっぱり聞いてなかったんですね。じゃあ言いますよ。」
「ご、ごめんなさい。お願いします。」
「と、いうわけで、フロイドと付き合ってくれません?」
「何がというわけなんですか?」