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燐音にチョコを渡したくない


※「お上品に中指を立ててやりましょう」
「ニキにチューしてって言われる」の続きのようなもの



仕事の同僚がバレンタインにチョコを作るって言ったから、仕方なしに私も作った。こういうのって何か同調圧力みたいなものを感じるから、仕方なしに……。上司やらお世話になっている人やらに作って、その時についでにニキくんの分も作った。ニキくんなんて私の人生の中で一番お世話になっているから、いつもより俄然張り切って作った。前にニキくんが私に作ってくれたものとは天と地の差がある気がするが……。まぁニキくんは食べ物だったら何でも喜んでくれるので問題ない。そして、ほんとにそのついでのついでに、天城燐音の分も作った。材料多く買いすぎたし、余らせるのもよくないし!苺のチョコが好きって前に同僚たちが話してるの聞いたから、一個だけ苺のチョコも入れてみたけど……。どうかな。うーん、あれ、なんか、何だろう。ちょっと渡すの緊張してきたかも。

「あれ、なまえじゃーん!こんな時間まで仕事してんの珍しい。何してんのー?」

背後から急に見知った声が聞こえてきたのでびくりと体を震わすと、天城燐音はケタケタと笑って私を見ていた。レッスン帰りだろうか、ユニット用のレッスン着を着ている。

「後ろから急に声かけないでよ!びっくりするじゃん!」
「だってさっきから見てたらずーっとボーッとしてんだもん。何もせずにはいられねーって背中?キャハハ!」
「何だよそれ──。」

何か言い返そうとして思わず止まる。天城燐音が両手に大きな紙袋を持っていたからである。それだけじゃなく、紙袋の中はギッチリ詰まっており、溢れそうになっていた。この時期に綺麗な包装紙に包まれた箱、これはもう考えられる限り一つである。

「え?何急に黙っちゃって。」
「そ、それ。」

恐る恐る紙袋を指すと、天城燐音はああ、と軽く口を開いた。

「バレンタインだからってコズプロのスタッフさんたちとか現場のおねーさんとかがくれた!はぁーマジでいいイベントだよなバレンタインって!みーんなチョコくれんだもん最高♪」

ピシャーンと雷に打たれたような感覚がした。私は何も言えずにただただ天城燐音が持っているチョコレートの大群を凝視した。あのチョコも、あのチョコも。雑誌とかで見たことがあるような有名なチョコだ。中には手作りっぽいものも見られるが、かなり凝っている。ニキくんの手作りチョコには負けるが……。え、天城燐音ってそんなモテるの?嘘でしょ、口を開けば賭けだの博打だのパチンコだの言うようなギャンブラーだよ?アイドルなのに。おまけに乱暴だしいっつもニキくんからお金借りてるし。いっつもニキくんの家にいて邪魔ばっかしてきたし。……まぁいっつも相談乗ってくれたり気にかけたりしてくれてるみたいだけどさ。でもそんなにもらってるだなんて想定外だった。確かに最近コズプロの同僚が天城燐音のことをかっこいいとよく言っていた。何だろう。女の子って、ちょっと悪い方が好みなのだろうか。私はHiMERUくんみたいな王子様みたいな子の方が良いと思うけどな……。前にニキくんの前でHiMERUくんが好きだって言って機嫌を損ねてしまったので言わないようにしているけど。最近ニキくんをよく怒らせてしまう。原因はよく分からないのだが、機嫌を損ねるとご飯を作ってくれなくなるので気をつけている。ニキくんのご飯が食べられなくなるのはいけない。最近はただでさえニキくんが寮に行ってしまったのでご飯を食べられる時間が少なくなっている。貴重なニキくんのご飯の時間を……って今はそうじゃなくて。せっかく天城燐音にチョコを用意したというのに、これではちょっと渡しにくい。だって普通に私みたいな事務員が渡しているのならともかく、コズプロのおねーさんって言ってたから、モデルやらタレントやら女優やらが渡している可能性が高い。ただでさえコズプロ所属の女性タレントはつよつよの美人系が多いというのに、私のようなちんちくりんが渡せば、大爆笑必至だ。天城燐音の憎たらしい笑い顔を想像しただけで腹が立つ。私は、鞄の底に眠らせていたチョコを、さらに底へと押しつぶした。

「んで、何してんの?なまえて定時出社定時退社をモットーとしてんだろ?ニキに聞いたけど。」
「……今日はちょっと残業しなくちゃいけなくなって。」
「残業?普段大事な仕事放っぽりだしてすぐニキん家行くって副所長が嘆いてたけど。」
「ちゃ、ちゃんと締め切りまでには間に合わせてるもん。」
「ふーん。じゃあ珍しく仕事頑張ってるみてーだし、なまえコレ一緒に食べよーぜ♪」

普段必死で定時に帰宅を獲得していることが天城燐音にまでバレていることに恥じらいを覚えていると、天城燐音は両腕をあげて私に紙袋を見せてきた。途端に嫌な気持ちがした。胸がこう、モヤッとする。何で私が、他人がコイツのために時間をかけて選んだ、もしくは作ったチョコを食べないといけないんだ。目の前で天城燐音がそれを美味しいと言うのを眺めなければならないのだろう。ニキくんの料理の時は何とも思わなかったのに、何か変だ。

「……やだ。」
「え?マジで?なまえって甘いもん嫌いだった?んなわけねーよな、ニキのデザートは食ってるもんな。どした?何かあった?」

天城燐音がこちらの顔まで屈んで目を合わせてきた。単純に心配してくれてるというのに、変な理由で拗ねていると思われれば子ども扱いされて馬鹿にされるだろうと思えば、素直に理由は言えなかった。そうだよ、チョコは好きだ。いつもだったら一緒に食べよって言われれば喜んで食べるだろう。だって有名なチョコがゴロゴロあるし。でも、言葉にできないけど、何かそれを天城燐音が食べるのは嫌だ。あー何だろうこの感情。なんか、なんか……

「……気持ち悪い。」
「は?」
「なんかウジウジしてて、気持ち悪い!」
「え?なまえ?おい、どこ行くんだよ待て!」

天城燐音の制止を無視して走り出す。ごめんよ天城燐音。だっていたたまれなくなったんだもん。人からもらったチョコがどうだの、自分が作ったチョコが渡せないだの、ウジウジウジウジ悩んじゃって。そもそも私が天城燐音のこと好きみたいじゃないか!違う!私は天城燐音なんか好きじゃない!いっつもニキくんの家に入り浸って、ダラダラして、私の分のご飯まで食べて、人のこといじって笑って──よし、思い出したらなかなか腹が立ってきたのでこれは天城燐音のこと好きじゃないな、大丈夫だ。気の迷いだ。そう思いながらコズプロの長い廊下を駆ける。目指すはエレベーターホールだ。しかし、日頃の運動不足が祟ったのか、足がもたついてきた。ヤバイ、このままこの速度で走るとこけるかもしれない。しかし、速度を落とすと運動神経の塊みたいな奴が後ろから追ってきてるので、このままじゃ追いつかれる、走らねば。走らねば。

「おいなまえこのまま走ったら、」
「え、え?!」
「不自然な柱がそこにあるから、って遅かったか。」

なんと無様にも、柱にぶつかって後ろに倒れてしまった。呆然としながら天井を眺めていると、呆れたように天城燐音が私を覗き込んだ。ああ、恥ずかしい。今事務所に誰もいなくて良かった。

「ったく。大丈夫かよ。ほら、手。」
「あ、ありがとう……いたた、お尻打った……。」
「ほらカバンもぶちまけてんぞ。」
「あ、」
「え?何これ、チョコ?潰れてるけど。」

どうやらぶつかった拍子にカバンも飛んでいっていたらしく、カバンの中がほとんど飛び出てしまっていた。そして、あろうことか、天城燐音にあげるつもりでやめ、底に沈めていたチョコを奴が手に取ってしまっていた。サーっと自分の顔が青くなっていく。天城燐音は目を丸くしてそれを見ていた。

「あ、い、いや、それは、」
「やー悪い悪い!これ誰かにやるつもりだったんだろ?俺っちが追っかけたから焦って潰れちまったみてーだな!どうする?こん中からどれか持ってく?あ、でも手作りか、これ。えーまじか。あ、もしかしてニキのだったりする?」

焦って弁解しようとしたのに、何故か天城燐音がオロオロし始めた。どうやらこのチョコは私が他の誰かにあげるものだと勘違いしているらしい。普段余裕ぶってるから、あまりこういう顔は見たことがなくて、思わずじっと見つめてしまった。ニキくんから、たまに弱ってしまう時があるとは聞いていたけど、こいつにも人間らしいところがあるのか。そう思うとふっと笑ってしまった。

「……え、何?笑っちゃうほど怒ってる?」
「ふ、ふふ、ふ、ううん、それ、天城燐音にあげるつもりだった。」
「え?!俺っちに?!」

天城燐音が大きな声をあげた驚いていたのでさらに笑ってしまった。おい、笑ってんじゃねーよ、と気まずそうに返される。何だかモヤモヤしていたのもバカらしくなってきた。

「潰れてるけど。」
「あ、カバンの奥底に沈んでたから……。」
「ダメじゃんギュってしちゃったらさー。食べ物カバンに入れる時は一番上に入れないと形変わるじゃないっすか!ってニキに怒られんぞ。」
「ふ、ふふ、似てる……。」
「あ、でも中は大丈夫そう。」

天城はガサガサと潰れた箱を開け、中のチョコを口に放り込んだ。こんな地べたで食べるなんてお下品だよ、といつもだったら言うけど、言わないでおいた。

「え、苺のチョコ?」
「うん。」
「えーこんなん作れんの?美味いじゃんなまえ。良いお嫁さんになるっしょ♪」
「あーやっぱり好きなんだ、苺。好きって聞いたからー……。」

そこまで言って固まった。しまった。喋りすぎた。こんなん、まるでこいつのために作ったみたいじゃないか。しかし、天城燐音からいつもみたいに調子の良い言葉が返ってこなかった。いつもだったら何かあの腹立つにやけ顔で茶化してくるだろうに、何で。と、思って、天城燐音の顔を見て後悔した。珍しく真面目な顔をしてこちらを見ていたから。

「……なーなまえ。」
「な、何?」
「さっきさ、俺がもらったチョコ食べよって行った時、ヤダって言ったのって、それって妬いてくれてたって思って良いの?」
「え、」

天城燐音がじっとこちらを見つめる。いつもだったら逸らすけど、何故か逸らせなかった。お互いに見つめあって無言の時間が続く。天城燐音の真っ直ぐな眼差しに、この人もこんな顔ができるんだな、と思って言葉がなかなか返せなかった。

「なまえ?」
「そ、それは、その……。」
「……。」
「や、妬いちゃった、かも……。」

天城燐音に妬いてるのか、と言葉にされて、初めて私が焼きもちを焼いているのだと自覚した。あのモヤモヤは嫉妬だったのだ。自覚してしまえば、カーと顔が赤くなってくる。いつも一緒にいた人が急にみんなに必要とされていて、焦ってしまったのだろう。ニキくんに天城燐音のような存在がいると知った時に、似たような感覚を抱いた。それに近い感情だろう。恥ずかしくなって、両手で顔を覆うと、天城燐音に両腕を掴まれた。

「なまえさ、ニキと俺っちと、同じだって思ってるっしょ。」
「え?」
「なまえはそうかもしんねぇけど、俺は、」

チャララッララララ〜♪

軽快なメロディーがその場で響き渡った。時が止まる。携帯の着信を告げる音だった。この着信音はおそらく私。そしてこれはニキくんからの連絡が入った時の音だ。そこで私はハッと気付いた。

「ニキくんと約束してたの忘れてた!」
「え。」

天城燐音の手を振り払って急いでニキくんからの連絡を取る。天城燐音がこちらを見ていた気がするが気にしてられなかった。

「ニキくん!ごめんねぇ!」
『もー。今日はなまえちゃんがご飯食べたいっていうからわざわざ家まで戻ってるんですからね!普段残業しない癖に何でこんな時に限って!』
「ごめん、すぐ行くから、もうちょっと待ってて!」
『うん、ずっと待ってるっすから。……早く帰ってきて。』
「え?!怒ってる?!怒ってるよね?!ごめん、すぐ帰るから!」

電話を切って、カバンから出ていたものを全て回収して、立ち上がる。尻餅をついたのでお尻が若干痛いが、ニキくんが待っているのでそんなことは構ってられない。急いで向かわなければ。

「あ、あのーなまえ?」
「あ、燐音くんごめんね?私用事あったの思い出して……確か今から仕事だよね?ごめんね、なんかバタバタさせちゃって……。このお詫びはまた今度!じゃあね!」

そう言い捨てて急いでエレベーターホールまで向かった。あー私としたことがニキくんとの約束をど忘れするなんて!なんて奴だ。今日はバレンタインだからニキくんに美味しいチョコのデザート作って、って言ってたのをすっかり忘れてしまっていた。ニキくん、なんか怒ってたな……。前まで私が予定忘れてても笑って許してくれてたのに、最近ニキくん厳しいよぉ。




───────



「あー結局ニキ優先かよ、何だよ、期待させやがって……。」

なまえが去った後、置いてけぼりにさせられてしまった俺は、情けなくも頭を抱えてうなだれた。今の、ぜってーいける空気だったよな?!あそこで普通行くか?あーもうまじでないわ、なまえ。あんなんじゃニキの思い通りじゃねーかよ。

「……てかあいつさっき燐音くんって言ったな。」

なまえにもらったチョコを眺めながら、先程のことを思い出す。俺の好きな味にしてくれたチョコ。多分、たくさんもらったチョコの中だったら、普通の味なんだろうけど。少なくとも、今日は他のチョコを食べる気にはなれなかった。



───────


「お、怒ってる?」
「怒らせるようなことしたの?」
「お、怒ってるじゃーん……。」

ニキくんをなだめるためのバレンタインが、始まる。