※番外

その本丸の審神者は、先代の審神者から本丸と刀剣男士を受け継いで運営する、いわゆる引き継ぎ審神者であった。

「主君、明日三日月様と小狐丸様を刀解するって本当なのですか」

正真正銘自分が顕現した短刀に問われて、後任審神者は彼の頭をなでながら静かに頷いた。
先代が神殿で自害し、審神者が交代したあの日から十余年。
三日月宗近と小狐丸。あの二振りは、先代が遺した刀剣男士の最後の二振りだった。かつては先代の手腕によって刀帳を隙間なく埋めた刀剣たちも、ほとんどが刀解の道を選んでいった。

「ええ。付喪神たちとの約束ですから」

先代は戦場の開拓、遡行軍討伐によく貢献し、そのうえで保有する資源は潤沢、戦績優秀で政府上層からの覚えもめでたく、先代の元に顕現した刀剣男士はみな歴戦の強者であった。

「彼らが還ることを決断したのなら、先代はきっとご冥福を得られたのでしょう」

神殿には先代審神者の墓標がある。今朝も三日月と小狐丸がそれを清め花を換えていた。彼らは、自分らの刀解後にはそのようなまめな管理は必要ないと言ったが、審神者は毎日線香を手向けるつもりでいる。

「そうですか……。とても寂しいです」

「私もです。彼らは……先代の刀剣たちは、力の足りない私をよく支えてくださいましたから」

審神者が自分の刀剣を顕現するようになると、先代の刀剣たちは運営の中枢から適度な距離を保ってくれた。
それでいて審神者の命令にもきちんと従ったし、内番も、後進の育成も真摯に取り組んだ。

審神者が視線をめぐらせれば、執務室の窓から美しい庭園が望める。
先代は寡黙で、行軍は苛烈であったが、拠点となる本丸はすごしやすく住めるよう随所に工夫があり、また美しかった。
彼女は未成年で軍属となり、上に立つ者として教養や常識が足りないことを非常に気にしていたが、楽器や書物が飾られ抜群に趣味の良い執務室を見て、誰が彼女を無教養だと思うだろうか。母屋も、神殿も、見習いのために建てられたという長屋でさえも。先代の趣味で統一されたこの本丸は、非の打ちどころのない芸術品であった。
後任審神者には決して真似のできないものだ。
先代の風韻に富んだ性質は、彼女が顕現した刀剣男士にも受け継がれていた。それを失うことのなんと惜しいことか。

「それでも、これが彼らの選んだ道なら。笑って送り出しましょう」

次こそは、彼らが本当の主に寄り添うことができるよう祈って。



再び現世に顕現し、目を見開く。眼前には審神者と思しき人間の娘。
その容姿に見覚えはなくとも、魂を見ればすぐに分かった。それはかつて己が仕え、己の大過で死なせてしまった主の生まれ変わりであると。

「ありがとう小狐丸。私のもとに来てくれて」

「、ぬしさま」

審神者が深く深く頭を下げる。その光景を、小狐丸は見たことがあった。彼女が付喪のために殉じたあの日。
だが、今はあの日とは違って。

「これから、よろしくね」

彼女は嬉しそうに微笑んで、未来を口にした。


再び得た刀剣男士の器。作られたばかりのそれは、かつて散々刀を振るい鍛えた身体と比べると、あまりになまくらで困惑する。

「練度1の身体ってのはこんなに非力だったか? 遥か昔のことだったから記憶にないんだが」

居間の畳にどかりと腰をおろし、やれやれと息をついたのは鶴丸国永だった。そこには三日月と小狐丸もいて、各々好きに寛いでいる。

「なにを言う。これでも器の性能は良いものだぞ。主の霊力は輪廻を巡って倍どころではなく増大しているからな。顕現した刀剣男士の肉体も質が良い」

「こんのすけに課されるちゅーとりあるでは、初期刀の山姥切国広が函館単騎刀装なしで勝利してきたそうですね」

「無傷とはいかなかったようだがなあ」

「三日月はあまり初期刀殿を煽ってやるなよ。ありゃあ練度1でも怖い」

山姥切国広は初期刀の自分よりも三日月が先に顕現したことに随分と冠を曲げた。
彼もまたかつて前世の主のもとで鍛え、修行し、極の刀剣男士となった記憶を持つ山姥切国広だ。前世では初期刀ではなかったはずだが、今世で選ばれたことで極めていないにもかかわらず自尊心が振りきれた妙な個体となってしまっている。

「お、鶴さん戻ってたのか。長谷部と握り飯作ったから、国広の手入れが終わったら主も呼んで飯にしよーぜ」

「貞坊」

居間に顔をのぞかせた太鼓鐘貞宗にも記憶がある。
前世では主のもとで極め刀を振るったが、主の死後、その自害に使われた短刀を自分に錬結した。主がそれを望んだのだと、政府の担当官に聞いたから。

「手入れなら終わったよ」

そこに審神者が山姥切と長谷部を伴って帰ってきた。彼らの手には昼食となるおにぎりと茶が用意されていて、それらを居間の卓に並べる。
審神者がいただきます、と号令すれば、皆も自然とそれに倣った。

「午後からさっそく出陣か?」

「行ける戦場はまだ函館と会津のみだがな」

「遠征先の開放には脇差が必要だ。江戸で篭手切江を狙いつつ練度を上げたい」

「はやく特くらいはつけねーと、かっこつかねーもんなあ」

「ちょっといい?」

おにぎりを頬張りながら今後の方針を練っていると、審神者が片手を挙げて発言した。刀剣男士たちは瞬いて注目する。

「この後は演練に行く」

「いいのかい、主。今の俺たちの練度じゃ戦績に負けがつくぜ」

「いーよいーよ。今日やれる全部の試合にに申し込むから、ボコボコに負けて経験値しっかり貰ってきてね」

「言い方ひでえ!」

前世では勝率に拘っていた主が、今は朗らかにこんなことを言う。

「今日は日課任務を終わらせたら解散でいい。昔のようにいかないからと焦る必要はないよ」

「しかし主、前とは違い今は戦国時代でも打刀以上の刀種がほとんど入手できせん。戦力を増強するには俺たちの練度を上げて、もっと先の戦場を拓かなくては」

横にいた長谷部が湯呑をおいて審神者に向き直る。前世でも彼は最後まで生真面目に審神者の命に従って戦場に立ち続けていた。

「江戸で篭手切を狙うって案には別に反対しないけどね。功を焦らなくてもゆっくりでいい。かつての仲間にも、えにしがあればいずれ会えるでしょ」

皆で一斉に練度1からのやりなおし。
だが、昔と違い日課任務も随分優しくなっているし、本丸の設備も進歩している。前世で培ったノウハウもある。戦績上位争いももう気にする必要はない。
審神者の心には余裕ができていた。こうして笑顔で未来を語れるくらいには。

「今生はもうちょっと気楽に運営しようかと思ってね。みんなもそのつもりでいてほしい」

その言葉を、刀剣男士たちは噛みしめるように聞いて、それぞれの胸に刻んだ。

「主がそうしたいというならそれについていこう。俺は初期刀だからな」

「おっと、初鍛刀の俺だってずっと一緒だぜ、主!」

「主の命には忠実に従いますよ。昔も、今も」

「今生こそはぬしさまの大願、叶えてみせましょう」

「はは! やはり主のもとにいるのが一番いい。退屈とは無縁だ」

皆が笑ってひとつの卓を囲む。それが尊いものだと気づくことができたから。

「先が楽しみだなあ、主。よきかなよきかな」

つらい経験も、悲しい後悔も、受け入れて前へ進むのだ。

2019/06/22 完

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