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月神香耶side



幕府側や新選組で、一連の騒ぎが雪村綱道の裏切りのせいだと結論がつけられたことを、佐助君の報告で知った。この成功は、ほとんど佐助君の暗躍と総司君の立ち回りのおかげだ。

総司君が私たちに合流したのは翌日の午後だった。

「香耶ちゃん! 怪我は? もう大丈夫なの?」

「あ、ごらんの通りぴんぴんしてます。嫌な役たのんでホントごめんね」

取り引きした上での行動とはいえ、新選組に嘘の報告をさせたことや、彼の手を余計な血で汚させたことには後ろめたさがある。
総司君は私の言葉に「それは香耶ちゃんの方でしょ」なんて困ったような顔をして笑った。
借りている部屋に案内すると、敬助君と佐助君もそろっていて、遅めの夕餉の支度がされていた。

「ねえ、新選組に来た“綱道さんの羅刹”って、佐助君のことだよね」

「そ。忍働きは俺様の領分だからね。いい仕事しただろ?」

佐助君は私とは別に、新選組の羅刹と変若水を始末する任務を帯びて動いた。羅刹に化けて綱道の手先を装うのも作戦のうち。これで幕府は裏切り者の綱道を切り捨て、新選組への詰責は最小限で済む。
飄々と肩をすくめる佐助君に、敬助君が肩を落として息をついた。

「羅刹で構成された新撰組がこうも容易く壊滅するとは……。まったく、痛恨に堪えませんよ」

「佐助君も伊達に乱世で忍やってないってことだね」

「忍べるようには見えなかったけど、ひとって見かけによらないんだ」

「ちょっとおたくら。それ褒めてんの? けなしてんの?」

もちろん褒めてます。
各々膳の前に座り、和やかに言葉を交わしながら箸をのばす。月神軍に来て日の浅い佐助君は、人前で他人と一緒に食事をとることにまだ少し抵抗があるみたいだけれど。
そんな彼は、私の脇に置かれた狂桜の鞘にちらと視線をやった。

「それよりさ、香耶の刀はどうすんの? まさかこっちに置いてくつもりじゃないんだろ」

そのせりふに、みんなの目線がこちらに集中した。狂桜は昨夜の現場に置いてきてしまった。あの場であれを拾って逃げるのはあまりに不自然すぎたからだ。
抜き身の狂桜は証拠品として幕府の手に渡った。もともと前の幕末の世で千景君からもらった刀であるだけに、不世出の妖刀とはいえあの刀から万に一つでも風間家に疑いの目が向かないか不安である。
総司君は私の手元に残った鞘を見て、眉を曇らせた。

「ごめんね、香耶ちゃん……、僕のせいだよね」

「いや、気にしなくていいよ。ちゃんと取り戻すつもりだし」

「取り戻すと言っても、刀はあのまま二条城に納められているのでしょう? 猿飛君の力を借りたとしても、刀一本探して持ち帰るのは容易ではありませんよ」

その指摘に私は肩をすくめる。佐助君の手を借りるまでもない。
膳に箸を置いて宙に手を掲げると、みんな不思議なものを見るように私を注視した。

「もう少しほとぼりが冷めるまで待ってもよかったんだけど、刀の出所がバレるのも困るしね。……頃合いかな」

言うなり、てのひらに夜の炎の小ワープホールを生成。鞘のない狂桜を呼び出した。
これにはみんな目を剥いて驚いた。

「それ、香耶の“夜の炎”だよな? そんな使い方も出来たんだ」

「なんでもかんでも呼び出せる訳じゃないけどね。この刀は私の炎と相性良いから」

世界を越えるのはさすがに無理だけれど、そうじゃなければどこにあろうと手元に呼び戻すことが可能だ。手の内をさらすことになるため敵の眼前ではあまり使えないが、刀を堂々と持ち歩くことが出来なかった平成時代にはこの術を多用していた。
二条城では証拠品が消えたことでちょっとした騒ぎになるかもしれないけれど、私の知ったことではない。
狂桜を鞘に納める私を見て、敬助君は感嘆した。

「死ぬ気の炎とは便利ですね」

「敬助君も覚えるかい? 君は炎の性質上、使いこなせるようになるまで時間がかかりそうだけど……、ものにできればある意味私の炎よりも調法するはず」

私の説明に、あちらの世界の敬助君を知る佐助君がふるりと身を震わせた。月神軍の山南敬助は霞に紛れて暗躍する陰の権力者である。
目の前の敬助君は、目線を膳へと落とし、怪我を負って動かせない左腕を無意識にさすった。

「……そうですね。どうか、お願いいたします」




翌日、総司君と敬助君はいったん新選組の屯所に戻った。
変若水の件の事後処理と、腕の治療の名目で正式に長期の外出許可を取るためである。羅刹(に化けた佐助君)の進入を許してしまったことで、屯所移転の話も進むかもしれない。移転の話では局長らと敬助君の意見が対立していたこともあって、外出許可は比較的すんなり出るのではないかと踏んでいる。
諸々の思惑を胸にひめつつ、私は佐助君とともに京の市内をぶらついていた。

「ちょっと香耶、昨日の今日で市中散策はいくらなんでも考えなしなんじゃないの?」

「だからちゃんと変装もしてるし、君っていう頼もしい護衛も連れてきてるでしょ? 佐助君」

にっこり笑顔でそう言うと、町人風に変装している佐助君は「調子のいいこって」と肩をすくめて苦笑する。
市街に出てきたのは散策のためだけではない。市中にいくつかある小間物屋や刀剣商などを巡り、時間をかけて金物を物色するが、なかなかこれというものがない。

「私たちは平成時代で死ぬ気の炎の媒体に特別な宝石をつけたゆびがねを身につけていたんだけど、この時代じゃあ服装にそぐわないし、刀を扱う武士には邪魔でしょう。だから代替品を、と思ってさ」

「ああ、旦那がたの」

服飾品自体あまり発展しなかった江戸時代。男性が持っていても違和感のないものなんてさらに少ない。

「だいたい、予算が限られてるんだよなぁ。甲斐産の水晶なんかおあつらえむきなんだけど」

媒体物への加工は私がする。質のいい宝石なんかあしらわれていれば申し分ない。

「甲斐産の水晶……」

ここでふと何かを思い出したように佐助君が目線を上げた。己の懐をごそごそと漁って、取り出したのは何かを包んで丸めたふくさ。
首を傾げる私の前で、佐助君はなぜか一瞬ばつの悪そうな表情をしてそのふくさを開いた。

「あれ、これって水晶じゃん。佐助君がこんなの持ち歩いてるなんて意外」

「いや、これさ、もともと香耶のなんだよね」

その言葉に瞬いた。
墨染めの布に包まれた透明の球体には、糸を通すための穴があけられている。ビー玉より一回り大きい程度の大きさで、さすが本場の水晶、質はかなりいい。

「これ、使える?」

「もちろん。でもいいの? 元は私のだったかもしれないけど今は佐助君のものでしょ?」

「いーのいーの(……あっちに帰ればまだあるし)。そのかわり貸しひとつってことで」

「わかった。ありがとう」

うなずいて水晶を受け取ると、ふと記憶の端をかすめるものがあった。
……あ、これって私の瓔珞だったやつじゃん。

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