01

月神香耶side



私の指示で小太郎が止まったのは岩付城が見える城下町郊外。戦線からは少し離れた北条側の後陣だった。

それほど大きくない規模の城下町の町割りは、ほとんどが城主家臣のための侍町。
そこから一歩外に出れば、街道沿いの平野を埋めるのは田畑と深い森林だけだ。
人口の少ない土地を戦場に選び領民を岩付城に避難させても、農家が丹精こめて手入れする田畑を踏み荒らすことになったのはやはり心が痛い。それが自国の領地ならばなおさらのこと。



「伊達政宗が北条や月神を攻めるのは天下統一のためだろうが、そのきっかけを作ったのはおそらく私なのだろうね」

「…………」

少し憂い気味に呟けば、小太郎の指先が慰めるように私の頬を撫でくすぐる。
まるで子犬に頬を舐められているようだ、なんて思う私は末期なのか。相手は泣く子も黙る伝説の忍だ。



「下を見て。ひづめと歩兵の足跡がある。ここから後ろは鬱蒼とした急斜面に挟まれた細い街道。月神軍ならここに後詰のための野伏の陣を置く」

それがない。ということは。

「援軍に動いたか……厳しい戦なのかもしれない」

「…………」

つまり事によっては私と小太郎のふたりで後詰の機能を果たさなくてはならない。
私は唇に爪を立てながら思案する。



「……せめてもう一人欲しいところだけ、ど」

「……!」

ん?



目線の先で景色が歪んだ。
……ああ、なんてタイミングだよ。

「ククク……ならば禍つ風も戦場に吹きすさぼう」

ゆらりと姿を現す無双小太郎。
こいつ、戦を傍観して私を待っていたな。

指で押さえた唇が笑みで歪んだ。
欲しいところに手が届く。

「だから君って好き」

「……っ!」

「クク、そう噛み付くな。小太郎」

戦場を引っ掻き回すのが趣味の小太郎君は、結局のところ毎回、超寡兵で戦に出てる私にひっついてくるのだから。



「野伏を率いていたのは?」

「敬助よ。竜は影武者を立てここまで突破したが本隊と野伏に挟撃された。しかしこのとき竜の挑発に激昂した敬助が羅刹となって右目と相打ちになり戦場は一時膠着した」

「え。激昂したって……怒ったの? あの敬助君が?」

私が眉根を寄せると、小太郎君は見ものだったとくつくつ笑う。

「竜の右目は満身創痍。頬の刀傷はおそらく消えまいな。対し敬助に外傷はないが、戦線を押し返すとすぐに倒れ、髪の色も戻った。今は岩付城にて人事不省の状態よ」

「……そうか」

私はふたりの小太郎を率い戦場となった街道を歩きながら、日の落ち始めた空を見上げた。

憎らしいくらいの晴天だ。



これまで羅刹というものについてはおおよその説明しかしてこなかった。
なにしろこちらに来て何年も経っているが、羅刹になる機会など私も敬助君も一度もなかったし。

婆娑羅の小太郎はなおさらピンとこないだろう。説明するいい機会だ。



「羅刹とは鬼という種族に似せて作り変えられた人間の成れの果てだ。羅刹にされた者は驚異的な自己治癒能力を得られ、さらに五感、身体能力を上昇させることができるようになる。その代償として己の生命力を削る。端的に言えば己の血や寿命といったものを大幅に消費しなくては羅刹の力は得られないんだ」

大量の羅刹に押さえ込まれて雪村綱道に無理やり飲ませられた変若水の味。
そんな苦い思い出を噛み潰しながら、私は呟くような説明を続ける。

「そのため羅刹の力を引き出すと一時的に色素欠乏が起こって白髪赤眼になる。本能的に飢餓をしのぐため吸血衝動が起こり、色素が落ちることで陽光から身を守れず、昼間の晴天下にいると刺すような苦痛を伴う」

「なるほどな。無傷の敬助が倒れたのは日光のせいか」

「……先の寿命を食らいながら生きるから羅刹は短命だ。とても吸血だけでしのげるものではない。だから私たちは不老不死にならなければならなかった」

永遠の生命ならば永遠に羅刹の力を引き出せる。私と敬助君はそんな可能性にすがった。
結果、普通にしていれば生き延びることは可能になった。だが羅刹の力を引き出している間は日光に弱いし、長引けば吸血衝動も出る。人ならざる力を使うにはやっぱり代償が必要だった。やったことないけど限界まで羅刹でいれば、砂になって朽ちるかもしれない。



「私たち羅刹を殺すためには首を刎ねるか心臓を貫く必要がある」

「…………、」

「そこまで教えて大丈夫か? クク、我はいつかうぬに不軌をたくらむやもしれぬぞ」

そのときにはその咽笛を掻き切り心の臓を握りつぶしてくれよう。なんて。

無双小太郎の言葉に婆娑羅小太郎が殺気立つ。
けれど私はあいかわらず前だけを見て笑うだけ。彼の心臓に悪い冗談にも慣れたもの。

私は深く笑んでふたりを振り返った。



「今、君たちに預けたのは私の生命の情報だ。これから私は私が生きるために君たちを全力で守る」

「……!」

「…………」

そう言うと、私の言葉にW小太郎がそろって驚いた顔をした。うわ珍し。

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