99
雪村千鶴side
連絡をとった翌日、早速お千ちゃんから返事が来た。
西本願寺にほど近い料亭に、新選組幹部の皆さんを招待するというのだ。
その目的は──
「いらっしゃい千鶴ちゃん! それと……」
「うわ! 千!?」
「お久しぶりね、香耶」
お千ちゃんは、逃げようとする香耶さんの衿を掴む。
お千ちゃん……殺気が出てるよ。
「お久し振りどすなあ。まさか、こんなお願いされるとは思いまへんどしたけど」
「あ、あなたは……お千ちゃんが言ってた島原の知り合いって、君菊さんのことだったんですか……」
「香耶さんの友達?」
「香耶が呼び捨てにする奴なんて、ゼロ以外で初めて見た」
平助君の言葉にみんながうなずいた。
そう。香耶さんは恋仲の沖田さんのことでさえ、総司君って敬称付きで呼ぶのに。
「それは千がそう呼べってうるさくて…」
「ずいぶんな言いぐさね。もう何年も連絡もよこさないで心配かけて。新選組にいるってわかるまで、もう死んでるのかと思ってたんだからっ!」
「あはは、ごめんごめん」
軽い口調とは裏腹に、香耶さんはお千ちゃんの頭を優しくなでる。
その親密な様子に、私は少し……
「香耶さん…あんな優しい顔、僕にはしてくれたことない」
訂正。私たちは、多大な嫉妬を覚えた。
私と香耶さんは、お千ちゃんに導かれて、早速準備にとりかかることになった。
別室に移動し、用意された行李のふたを開ける。
中から、襦袢や簪、お化粧道具や帯、きらびやかな着物を取り出す。
「早速、着てみて! あなたに似合いそうなのを、ふたりで選んできたんだから!」
「う、うん……」
普段は絶対目にしないような、華やかな柄の着物を目の当たりにしてつい気後れしてしまう。
「香耶様はこちらどす」
「私も着るの?」
「あたりまえでしょ」
「君さ、面白がってない?」
「これも仕事よ。さっ、脱いで!」
でも香耶さんと一緒で良かった。ひとりでは心細いけれど、香耶さんがいるってだけで、何でもできる気がするもの。
私は、渋々の香耶さんと共に、襦袢に手を通した。
「ね、ねえお千ちゃん、本当に、どこもおかしくない?」
「大丈夫、すっごく綺麗になったから。きっと皆、びっくりするわよ」
「そ、そう……かな?」
不安……だって鏡も見ていないのに。
香耶さんはまだ準備が終わっていなくて、私だけ先にお部屋に連れ出されることになる。
「お待たせしました! 千鶴ちゃん、すごく美人になりましたよ!」
座敷に足を踏み入れた瞬間、場は水を打ったように静まり返った。
「な、なあ、そこにいるのって、千鶴、おまえ……なのか?」
「う、うん、そうだけど……やっぱり、変……かな?」
「い、いや、そんなことねえって! むしろ──」
「いや、驚いたな。着物や化粧でこんなにも見違えるとは」
「なかなか似合ってるんじゃねえか?」
「……元がいいからな。綺麗だぜ、千鶴」
は、恥ずかしいよ……!!
みんなの賞賛の言葉に、私は顔を上げていられなくなった。
「あ、あの、香耶さんのほうが私よりずっと……!」
「そういえば、香耶はどうしたんだ?」
君菊さんと香耶さんは、まだ現れない。
「あいつこういうの苦手そうだよな。前に女装したときも見せてくれなかったし」
「香耶の場合、女装が嫌なのではなく、皆の前に出て批評を浴びることが嫌なのだろう」
「逃げ出して君菊さんを困らせてなきゃあいいんだが」
みなさんの読みは香耶さんならどれもあり得そう。
ふと、私は座敷を見渡して、ひとり足りないことに気づいた。
「あれ? 沖田さんがいらっしゃいませんね」
「あいつならさっき用に行って……」
「あ! 総司のやつ、もしかして香耶のとこに行ったんじゃねえの? だから香耶がなかなか来ねえんだよ!」
あ…ありうる。
私は部屋のふすまをそっと見やったのだった。
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