雨宮




病院に居る期間の方が、外にいる時間よりも長い気がして僕は好きになれなかった。この空間は死の香りすらするから。この病院には、数人だけ僕の年と近い人が居て一人は女の子だった。名前は、そう名前と言ったかな。漢字も前に教えてもらったんだけど少し自信がない。それでも、書く機会はなくて普段は名前と呼ぶだけだから支障もない。彼女はよく僕の暇や虚しさを埋め合わせるように病室を訪ねてくれる。僕の病室との距離はそう遠くはないとはいえ、彼女は重い病気を患っているそうなので僕としては彼女に無理はしてほしくない。来てほしくないかと言えばそうじゃない。この狭い世界には彼女の存在が大きな割合を占めているから、いなくなってしまったら……なんて考えると、僕の心を虚無が支配する。



「こんにちは、太陽君、」
その日の彼女は随分と、顔色が悪くて血の気が無かった。真っ白と言うより青白いと言ったほうが近いかもしれない。僕も太陽と言う名前に似つかわしくない程に、酷い肌色をしているけれど……。(彼女はそれでも、僕の髪の毛を見て太陽みたいって言った。僕にはわかならかった。ただ、褒めてくれているのは理解した)ふらふら、足元がおぼついていないのに、僕の元へ来てくれたことに不安と嬉しさの入り混じった感情を瞳に込めて見つめた。
「名前、体調悪そうだね」
僕もいいとは言えないけれど、名前程じゃない。名前が心配だ。



「あ、う、うん。あのね、太陽君……私、退院できることになったの。嬉しくて、それで」
それでね、はしゃぎ過ぎたみたい。そういって、僕のベッドに手をついて笑った。その行動は、自分の体重を支える足が言うことを聞かないと言った感じであった。つまるところ。
「…………そっか、よかったね。」
嘘だ。小さな患者用にとある引き出しの上に置いてある、カレンダーを見た。四月の一日。せめて、もう少しまともな嘘をついてくれよ。これじゃあ、僕が救われない。君がいない世界を見たくなんかない。それでも、僕は君の残酷な嘘に合わせるしかなかった。
「あのさ、太陽君……私、太陽君が好きだった、よ」
それも嘘だといいのにさ、そんな今にも泣きそうな壊れそうな顔じゃ、僕も好きだよって言えないよ。



空っぽの名前が居た病室に名前の名前は無かった。病状が悪化して、大きな病院へ転院したらしい。僕さ、嘘は嫌いなんだ。特に、僕を傷つけまいとする優しい残酷な嘘は、さ。泣いて不安だって心の内を見せてくれればよかったのに。それでも、未来は変えられない。



 戻る 


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -