水鳥




皆が皆この日に浮かされて、そわそわしている。水鳥の性格はさっぱりしていてイベントごとにもくだらない、などと吐き捨てていたが私はイベントに浮かされている一人であり、チョコを水鳥に渡すべく持参してきていた。だが、これから、渡すであろう人物に「くだらない」等、言われてしまえばこの包装紙に包まれた物体も意味を無くすだろう。
「はぁ」
自然とついた溜息は、色を帯びていた。自分で妄想しておいてなんだが、ひどくメランコリックになってしまった。



「なんだよ、名前。まさか名前も誰かにチョコ渡したい、とかか?」
ははは、と水鳥の豪快な笑いが私の背中から聞こえてきた。その笑い声に水鳥が私の傍に来ていたことに気が付いた。水鳥が机の上のある一点を見つめている。視線の先には先ほどから頭の中でもやもやとした考え事のせいで渡すに渡せず、置きっぱなしにしていた箱が鎮座していた。水鳥は思いっきり何かを勘違いしてしまっているのか先ほどの豪快な笑いとは違う含んだ笑みをニヤニヤ浮かべた。
「わたせねーっていうんなら、このあたしが渡してきてやろうか?」
名前の為だ、一肌脱いでやる!水鳥さんに任せな。と白い歯を見せた。あああああ、嫌な方向に話がトントンと進んで行ってしまう。何とか食い止めねばと思い少し勢いよく首を振った。



「違う違う!私好きな人なんかいないし!」
まあ、実際は男子には好きな人はいない……、だけどこの際関係ない。まさか、本人を目の前にしていえる程、馬鹿でもないし玉砕する覚悟が出来ているわけでもない。恐らくは妥当な判断だ。
「へーぇ?」
私の話を信じていないのか、何か言いたげに瞳を小さく細めている。あー、もう、これは水鳥にあげるために持ってきたんだっていうしかないじゃないか、と腹をくくる。
「あ、あのさ、これ水鳥になんだけど」
僅かにあった、無いに等しいレベルの勇気を振り絞って水鳥に箱を差し出した。
「ん?あたしに……?」
「そ、そう。今年は水鳥の分しか持ってきていないの」



これ以上の言葉を今は言えないけれど、受け取ってくれた水鳥が普段見せない女の子の顔を覗かせていたので、私はそれだけで心が満たされるのだ。



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