磯崎




「バレンタインは去年やっただろうが」
不機嫌そうにつぶやく磯崎は相変わらず何が、面白くないのかしかめっ面をしていた。ただでさえ険しい表情は、いつにもまして険しい。バレンタインと言う単語にピクリと僅かに反応した名前が周りを見回した。確かに、磯崎の言うことも一理ある。周りは浮かれすぎている。
「……去年は去年。今年は今年。磯崎も少しは笑っていれば、怖がられないのになぁ」
「笑っているじゃねーか!中止の声も多く、予定もあったはずなのに、難なく今年もやるとは。バレンタインも少しはやるようだな」
「その見下したような笑いは純粋な笑顔とはいいません」
磯崎がこうも不機嫌なのは光良たちがやたらにチョコを貰うからだ。磯崎も顔立ちは悪いわけではないので、チョコは貰えるが如何せん強面なのと気性の荒さが手伝って直接渡そうなどと考える猛者は女子には存在しなかった。人を寄せ付けない鋭い強さがあるのだ。



「いいじゃん、チョコ机とかロッカーとか下駄箱にも入っていたんでしょ?磯崎君モテモテー」
「るせー……直接わたせねぇくらいなら入れるんじゃねぇ。差出人もわからねぇ物なんか食えるか!何、入っているか分かったもんじゃねぇ」
磯崎は何が不満なのか、ブチブチ言っている。確かにすべてのチョコの箱を見てもメモ一つついていなくて、誰がよこしたのかもわからない。差出人不明の物ばかりだった。磯崎を好いている子は、奥手な子が多いのか。
「……貰えるだけ良いと思うのに。じゃあ、何?直接渡した子と付き合うの?ん?」
妙に突っかかってくる挑発的な名前に「はぁ?お前、何なの?」といつものように悪態をつく。
「私あんたにチョコ渡した人、一人知っているから」
「んだよ、知っているのかよ!」
口を尖らせて、なんで知らせてくれないんだ、と不貞腐れた様に頬杖をつく。



「で、あんたは直接渡した子と付き合うのね?」
先ほどと似た様な質問に、磯崎がピクリと反応を示した。それほどまでに重要な質問なのだろうかと僅かに瞳を細めて「ああ、少なくとも名無しの連中よりは好感持てるな。返事だって考えてやるよ」と割とまともなことを口にした。
「へー……」
名前がいくつか積まれているチョコに目を向けて何かを迷っているかのような不安が滲む表情を浮かべた。見たことない表情に磯崎も不安げに「おい、どうした?」と心配げに覗き込む。それで名前は決心した様に積まれていたチョコの一つを手に取った。磯崎は何をしようとしているのかわからずに、ただそれを黙って静観していた。
「……じゃあ、改めて。これ、私からだからちゃんと考えてよね」
「は?「じゃあ、二時間ほどサボるから。ばいばい」



うまく事の顛末を呑み込めなかったのか磯崎が、口をぽかんと開けたまま名前を目だけで見送った。
「ばっかじゃねーの」
やがて、全てを理解した磯崎は一度だけ呟くように姿を消した名前を罵倒した。ラッピングされた箱は大事そうに、鞄に他のと分けて入れた。



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