円堂




演技にはほとほと自信がなかった。演技なんてのは日常的に必要はないし……何かを演じるという行為はそう、小学校低学年の劇以来だったと記憶している。最初は豪炎寺さんか風丸さんあたりでも騙してやろう、と思っていたのだが……。先ほども述べたように、私の演技力では若しかしたらその辺の小学生も騙せないかもしれない。それくらい乏しい。しかーし!私は一人騙せそうな標的を知っている。そのお方の名前は、我らがキャプテン円堂さんっ!彼ならいける、彼は純粋で人を疑うことをしないしサッカー馬鹿だし。騙せる!



意気込み、顔を引き締めて円堂を呼びつけた。今回の嘘は“転校することになった……”これに決定済みだ。円堂さんは、これから起きることを知らずに私のところに来てくれた。がらんと、寂寞とした誰も居ない教室に二人きり。これは別の意味でなんか緊張する。
「あ、あのね、円堂……その。ま、まだ誰にも言っていないんだけど……言いづらいことで……円堂だけに伝えておこうと、思って」
神妙な面持ちで言うと、円堂が私のその真剣そうな雰囲気に合わせて顔を引き締めた。いまのところ疑っていないだろう。……多分だけれど。
「お、おう……?」
相槌を打って私が、話をするのを待っているようだった。私が一度その双眸を見つめた後に視線を自分の上靴に落とし、言葉を振り絞った。
「……親の仕事の都合で、転校することになったんだ」



言い切った後に視線をゆっくり、と上靴から円堂に戻す。円堂の表情を窺うようにこの後の、出方を窺うように。案の定、円堂は大きな漆黒の瞳をこれでもか、というほどに見開いて、「それ、本当なのか?」と私に詰め寄ってきた。内心はああ、成功した!と狂喜乱舞していたのだが、そんな私を知らない円堂が瞳を揺らした。
「……それ、俺だけなんだよな?でも、言いづらいことだとは思うけどよ……皆に、ちゃんと言ったほうがいいと思うぞ。俺、皆に伝えてくる」
円堂が、教室のドアに向けて歩みを進める。この時点で私はやばい!と確信した。本気で信じて、私が転校するという嘘を周りに広めてしまう!



強制転校とか嫌ですよ!円堂さん、待って!!と涙を目に浮かべながら必死に円堂の背中にしがみ付いて、力づくで止めた。勿論、この後のネタばらしには……とても時間がかかりました。純粋な彼を騙すということはそれなりのリスクがあるということ。今回の教訓はそれかな。一つ勉強になりました。



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