チョコレートを一緒に作りながら彼女に微笑みかけた。会話が弾んでいて、勝手に顔が綻ぶのだ。もっと、締りのある顔に生まれたかったとか思うけれど、葵ちゃんが嬉しそうに笑ってくれるからこんな締りのない顔でも良かったかななんてちょっとだけ思うのだ。きっと葵ちゃんは松風に作っているのだ、それくらいわかっているのだ。それがドクリドクリと脈打つ心臓に打撃を与え疼痛を生むことを私は知っている。だけども、こうして葵と居られることの幸せが勝っていたので、私は何も言わなかった。言えなかった。それはきっと友達と言う関係を壊してしまうのだ。



松風と言うフィルターを通せばなんだって、弾むのだ。嫌だな、嫌だな。って思いながら私はたった一つのチョコレートに思いを運ぶのだ。「名前ちゃんは今年、一つだけなんだね?チョコ」葵ちゃんは義理チョコもあるのだろう、一つ手の込んでいるチョコレート以外にも沢山チョコレートを製造していた。その華麗な手さばきを伝授してもらいたいなぁ。だけど、私は沢山、製造することはないので伝授してもらう必要はないようだ。「うん、今年はね」一つだけ、そういって私にしては凝っているだろうチョコレートを見せた。「私は器用じゃないからそんなに沢山、作れないしね。本当は皆に渡したいけど、私って不器用でしょう?一個だけ綺麗なの作るだけでも精一杯なの」



そういうと葵ちゃんは必ずそんなことないよ、って慰めてくれるけど実際問題その通りだし、否定しようのない事実であったので慰めは虚しい物であった。葵ちゃんに聞いてみた。ちょっとした悪戯心だった。「それは松風に?」「えっ」葵ちゃんは頬をまるで酒でも飲んだかのように、または効用を思わせるような程に紅潮させながら、口ごもってしまった。矢張り答えてなどくれないか、と笑う。別にいいのだ、私は答えを想定していて聞いているのだから、図星でも構わないのだ。



「名前ちゃんこそ、誰に渡すの?それ、一つだけだけど」「これはね、大事な友達に渡す奴なの、本命なんていないからね」ちょっとの嘘と、本当をまぜこぜにぐちゃぐちゃに撹拌して。本当の事も嘘もわからないようにして。「葵ちゃんにね、渡そうと思ってね、私の友達でいてくれて有難うって」笑って誤魔化して。本当は、本命のチョコレートなんだよって、言葉は飲みこんだまま上がってこないのは、私が特別に訓練したわけではない、ただ読んだだけだ場の空気を。私はずるい人間だから、友達の葵すらも絡め取って話したくないのだ、許してほしい、こんなこすい友人を。



「そっか!有難う!私も名前ちゃんの分を頑張って作るからね!期待していてね今年は!」沢山の義理チョコに埋もれている中に、私の分があるんでしょうか。ならば、要らないよと言いたいけれど私の口元は綺麗な曲線を描いたまま、まるで精巧な人形のように動かなかった、有難うの言葉は何処か虚しい物だった。ああ、好きなのにね。許してよ、葵……こんな邪な事を考える私を。許せるのはこの世界でたった一人だけ、葵なのよ。


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