あた婚! | ナノ

伊達の言うとおり、あたし達の相性は最高かもしれない!

その日、音城至華那は友人の遥奈と二人でホテルのバーでお酒を飲んでいた。二人の会話の内容はお互いが勤めている会社の不満である。お互いこんな上司や同僚に困っているなどと、日頃のストレスを発散させようと言い合っていた。別にこのストレスの原因を解決しようとは思っていない。ただ誰かに聞いてほしいだけなのである。黙って聞いてくれるだけでストレスというものは少なからず発散されるというものだ。

「でも最近は会社だけじゃなくて、親も煩いんだよね。まだ結婚相手はいないのかって」
「私達はまだ二十五歳だよ!? まだまだ一人を楽しみたい年頃じゃない!」
「そうなんだけど、早く結婚して孫の顔を見せろって煩いんだよー……」

もう何時間の時を愚痴で彩ってきたことかわからない。言いたいことを言って二人ともスッキリし始めたのか、彼女達のお酒を飲むペースはますます上がり始めていた。もはや何杯目かわからない。せっかちな華那はグラスに入っているお酒がなくなる前に新しいお酒を注文するくらいである。とにかく華那はお酒が大好きだ。遥奈も華那ほどではないが、それなりにお酒が好きな部類に入るだろう。

が、お酒が好きだからといってお酒に強いというわけではない。遥奈は自分が飲める量を考えて飲んでいるため未だほろ酔い気分を保っているが、華那はいつ酔い潰れてもおかしくないほどの量を飲んでいたのだ。辛うじて呂律はまだ回っているが、今立たせたら足元が覚束無いだろう。

「きょうはとこっとんのむぞー!」
「なーに言ってるの。もう十分飲んでるじゃない。それ以上飲んだら明日二日酔いでぶっ倒れちゃうよ?」
「そんなにやわじゃないもーん。ねー、オニーサンもそうおもうよねー!?」
「………Ah?」

華那は自分の隣でお酒を飲んでいた一人の男の肩を遠慮なく叩きながらこう叫んだ。見知らぬ女に無遠慮に肩を叩かれたせいで、男の声は酷く冷たいものである。男は気分でも害したのかあからさまに華那を睨みつけていた。

その様子を見ていた遥奈は「あちゃー……」と自分の額に手を当てながら眉間に皺を寄せる。華那は酔うと近くにいる人に絡む癖を持ち合わせていたのだ。居酒屋などで飲んでいると、決まって華那は誰かしらにいつもちょっかいをかけている。今回もまさにそれで、こうなった華那は誰にも制御できないことを知っている遥奈は内心で溜息をついた。隣の人に聞こえるか聞こえないか微妙な声でごめんなさい呟く。

「オニーサンもなにしんきくさいかおでのんじゃってー。そんなんじゃおいしいおさけもまずくかんじちゃいますよー。ほーらもっとわらってわらってェ」
「………随分とhappyな女だな、アンタ」

そう呟いた男は少しだけ表情を和らげた。男の顔が和らいだことで、華那もつられて口元を緩めニコッと笑ってみせる。酔っているためその口元はいつも以上にだらしない。

「わー、オニーサンってよく見ればすっごくカッコイイんですねー。なのになんでそんなひとがこんなところでひとりでおさけなんかのんじゃっているんですかー?」

華那は男の端正な顔をまじまじと見つめた。遥奈も遠目から男の顔を窺っている。確かに華那が言ったとおり、この男の顔は非常に端正なものであった。モデルや芸能人と間違われてもおかしくない人種である。おまけにお酒を飲んでいるだけだというのに、この男から華やかさも感じられた。

何をしても絵になるくらいの男など、そうそうお目にかかれるものではない。だがテレビや雑誌で見たことがないので、少なくともこの男は芸能関係の人間ではないということになる。それにこの男の今の格好は漆黒のスーツだ。高級ホテルでスーツを着ているということは、何かしら普通の職業ではないのかもしれないと、ぼーっとする頭で遥奈は考えていた。

「一人じゃねえよ。さっきまで連れがいたんだが、少し野暮用で今は出かけちまっているだけだ。そう言うアンタこそ、こんな真昼間から女二人で酒飲みか?」
「いいんですー。きょうはひごろのストレスをとこっとんはっさんするのがもくてきなんだもーん。というわけでェ、オニーサンもいっしょに、たのしくのみましょー!」

最初は上手くいくなんて遥奈はこれっぽっちも思っていなかった。しかし華那と男は次第に意気投合したのか、数時間も経たないうちにすっかりできあがっていたのである。男もすっかり華那のペースに嵌ってしまったのか、お酒を飲むペースをどんどん上げていく。それに対抗心を燃やした華那は負けじと更にペースを上げていった。そんな華那の根性ともいうべき性格を気に入ったのか、男はグラスに入ってあるお酒を一気に飲み干すと華那に今更なことを訊ねたのである。

「―――Hey! アンタ最高だぜ。名前は何ていうんだ!?」
「―――あたしィ? あたしはねー、音城至華那っていうのォ」
「―――オレは伊達政宗だ。華那、オレ達の相性は最高だと思わねえか!?」

思えばお互いの名前を訊いていなかった。伊達に名前を訊かれて、華那は初めてそのことに気づいたのだった。お互いの名前を知らなかったことに気がつかないほど、華那と伊達は互いに溺れていたのである。
……伊達の言うとおり、あたし達の相性は最高かもしれない!
初対面だというのにすっかり意気投合したという事実が華那をそう思わせた。決して会話が合うや趣味が合うということがあるわけではない。だが言葉では上手く説明できない何かが、ピッタリと当てはまってしまったように思えるのだ。感覚的にここまで合う人と出会ったことはないだろう。

お互いのことはまるで知らないのに、まるで昔から知っているという錯覚すら覚えてきた。そしてそれは華那だけでなく伊達も感じていることである。だからこそ、お互い不思議に思えて仕方がないのだ。今までこんな男と、こんな女と、出会ったことがない、と。運命の出逢いだと錯覚させてしまうのだ。

ここでお互いがお酒に酔ってなどいなければ、冷静な判断を下せることができていたら、こんなことは間違いなく思わないだろうに。だが残念なことにそれを諭してくれる人物はどこにもいなかった。一緒に飲んでいた遥奈は少し前に酔いを醒ますためにとこの場を後にしている。

「ねえねえ、伊達ってつきあっているかのじょ、いるの?」
「残念ながら今のオレはfreeだ。周りは結婚しろって五月蝿ェんだが、だからって無理やり見合いをさそうとするのが鬱陶しくて仕方がねえ。実はさっきも見合いをさせられそうになっていたところを、隙を見て逃げ出したんだ」
「おみあいー!? すっごい、伊達ってじつはおかねもちのおぼっちゃま?」

華那の頭の中でのお見合いというイメージは、お金持ち同士が互いの家のためにするものだと何故か妙な誤解をしていた。そのためお見合いをさせられそうになっていたという伊達の言葉を聞いて、実は彼もお金持ちではないのかと思ってしまったのである。何しろここは高級ホテル、お金持ちが集まる場所だ。

ヘラヘラ笑っている華那の横顔を真っ直ぐ見つめながら、伊達はじっと何かを考えていた。このまま逃げ回っていても、いずれは誰かと結婚させられることだろう。何故家のために、会社のために好きでもない女と、一度も会ったことがない女と結婚しなければいけないのか。何故自分の人生を周囲が好き勝手に介入しようとするのか、それが伊達は嫌で仕方がない。

「どうせなら華那がその見合い相手なら良かったぜ。華那となら上手くいきそうに思えるから不思議だな、会ったばかりだっつーのによ……」
「あたしも伊達とならうまくいきそうなきがするよ。まさかこのとしでひとめぼれしちゃうなんて……フシギだね」

お互いそう言うなり、自然と柔らかな笑みが漏れる。少し頬が熱い。何が可笑しかったのか口から笑い声が出てきたほどだ。が、次の瞬間お互いの顔をハッと見合わせた。

「華那、オレと結婚しろ!」
「そうだよ、ならしちゃえばいいじゃん!」

お互いの手を握り締めながら二人は瞳を輝かせる。お互い嫌いというわけではない(むしろ好意的だ)、一目惚れに近い何かを感じあっている。運命の出逢いと思ってしまったくらいだ。これだけの要素があって結婚しないほうがおかしいだろう。華那はそう思っていた。冷静になればそれがいかに愚かか判断できるはずなのに、今の二人はただの酔っ払いと化していたため、冷静な判断ができずにいた。

「あはは、かていをすっとばしていきなりけっこんなんてあたしはじめてだ。ふつつかものですがよろしくおねがいします。なんつって」
「そりゃオレもだぜ。だが悪かねえな。よし、善は急げだ。今から市役所に行って婚姻届を出しに行こうぜ!」
「うん、こうなったらきょうじゅうにぜんぶおわらせちゃえー!」

伊達は席を立つと、そっと華那に腕を差し出した。彼女は少し照れた笑みを浮かべながらも、差し出された手をしっかりと握り締めたのだった。

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