塔のお嬢さん(下)

いつものようにチシャの髪を使って塔にのぼると、チシャはお気に入りの本を読んでいた。
何も変わらない。
ただ窓に落ちていた一本の黒い毛以外は。

「チシャや。」

「なぁに?」

チシャはいつもと変わらないようすで答える。

「お前のこの長い髪はお前にはもう不要のようだね。」

突然の言葉にチシャは本をめくる手が止まる。

「え…?」

振り返るといつもとは違う魔女の顔。
その顔は魔女と呼ぶには相応しい、憎悪の色に満ちていた。
魔女は少しずつチシャに近付く。

「私の知らぬ間に隣国の王子を呼ぶなど汚らわしい。」

「っ!どうしてそれを…っ。」

一気に体の中心に熱が集まる。
魔女との約束を破ってしまった事。男の存在を知られてしまっている事、魔女が怒りに満ちているという事。
今この状況を創る全ての現実が恐怖となってチシャに襲いかかる。
魔女は一本の黒い毛をチシャに差し出す。

「長く金色の髪のお前の部屋に何故黒い毛が落ちているんだい?」

「!!」

チシャは震えて声を出すこともできなかった。だがこのままでは確実に危ない。走り出そうと力を振り絞って駆けたが、長い髪を掴まれ、そのまま後頭部を打ち、床に伏してしまった。
魔女は激痛に苦しむチシャに馬乗りになり、腰に差した短刀でチシャの髪を乱雑に刺した。

「汚れたお前に興味は無い。頭をお貸し!!」

「いやぁ!やめて!!」

じゃき、じゃきと残酷な音とチシャの悲鳴が轟く。
魔女は泣き叫ぶチシャの髪を全て切り落とし、短刀を腰に戻した。
恐怖と悲しさで泣きじゃくるチシャの体から離れてしまった髪を掴み、魔女はうすら笑みを浮かべる。

「この髪でお前を汚させた王子も痛い目に遭わせてやろう…。」

この言葉でチシャの恐怖は一層増した。
だが何もすることができない。男に助けを求めることも、男にもうこの塔に近づいてはいけないと伝えることも。
自分の無力さ、そして自分の髪だったものを首に巻きつけられた息苦しさでチシャの意識は遠のいて行く。

「王、子…っ。」

ポケットの中に入っている指輪のことにも、もう意識がいかなかった。


「チシャ!」

三日後の14時、窓からチシャの名前を呼ぶと、窓から長い髪が降りてきた。
それに掴まり、男は塔へ登る。

「待たせてすまねぇ。何もなかったか?」

だが窓から入ると、そこにチシャの姿は無かった。
代わりにいたのは、気味の悪い魔女。

「この1週間でチシャは地獄を見たよ。」

「?!誰だてめぇは!」

男は声色を変え、叫んだ。
魔女は不気味な笑みを浮かべながらチシャの髪を男に見せる。

「チシャの仮親さ。あんたのせいでチシャはこの有り様だ。もういないんだよ。」

「な…に、言ってやがる…。」

部屋の中はチシャの長い髪が辺りに散らばっていた。荒れた家具に無造作に落ちている、持ち主を失った長い髪。決して美しいとは言えない、人のいない地獄のような部屋だった。
魔女は続ける。

「あんたがいなけりゃチシャはここで外気に触れることなく、汚れを知ることなく、人生を過ごせたのにねぇ。」

その言葉に男は表情を一転させた。

「チシャが…いない…?」

「恨むなら自身を恨みな。愛する少女を自ら消してしまった自身をね。」

「……っ!!」

手をかけたのは、自分ではない。だがこの結果を導いたのは自身の過ちである。
男はただ呆然と立ちすくみ、ばらばらに落ちている髪を眺めることしかできなかった。

「チシャ…。」

その時に目の前から来た殺意にも、気付くことができなかった。

「すまねぇ。俺のせいで…。」

重い衝撃に襲われた瞬間、男の意識は途絶えた。


「…っ…。」

何も見えない。暗い。苦しい。

「何だ…死んだのか…?」

男は手を自分の瞼に触れさせる。その瞬間、激痛に襲われ、思わず声をあげる。
絶えない錆びた匂い、瞼の激痛。
その時に気付いた。

「目がやられたのか…?」

まだ半信半疑だった。なんせそれを確かめるための視界を闇に飲まれてしまったのだから。
しかし声を抑えるのに必死なほどの痛みは恐ろしい現実を叩きつけるかのように痛みを止めど無く与えてくる。

「多分そうだな。こいつはおっかねえ。」

笑うだけで激痛が増す。
もうどうすることもできなかった。

「あんたのとこにはいけないのに視界だけが奪われる。」

死ぬことができれば、あんたのところにいけた。
ここまで自分の生命力を恨んだことはなかったよ。

「せめてあんたに一言謝りたかったぜ。そんで願わくは…。」

吹き付ける風は生温い。
恐らくまた雨が降るのだろう。

「……。」

ならその雨に連れてってもらおうか。
男はその場に仰向けになり、帽子を押さえる。

「…ぅじ…。」

「……?」

聞き間違いか。相当俺もキてるかもな。
まあどうせならもっと聞きやすい声にしてくれよな神様。
聞こえるはずのない声に男は嘲笑し、遠のく意識に身を委ねようとした。
だがそれを止めたのは、同じ声。

「王子…っ?!」

このはっきりとした愛しい声に男は自分の体を鞭打ち、起き上がった。

「チシャ…チシャか…っ?」

「王子!!」

その声が近くなったと思った瞬間、右側から涙ぐんだチシャの声がすぐ傍で聞こえた。

「王子…会いたかった…!」

「チシャ…どういうことだ…?」

恐らく泣きながら、チシャは魔女に髪を切られてこの荒野に放り出されたということを伝えた。
あの時の恐怖を思い出すと今でも気を失いそうになるが、目の前にいる男といる安心感のおかげで話すことができた。

「王子…貴方は…、!?」

その時チシャは男の両目が血だらけだということにやっと気付く。
男を見つけた喜びと興奮とおさまらない恐怖に目の前の残酷な事態に気付く事が遅れてしまった。
男は口角を少し上げ、俯いた。

「……チシャ、俺はずっとあんたに会いたかった。魔女に両目を取られたがな。」

「そんな…!!」

「絶望に襲われたが、もういい。あんたがチシャなら、もう俺は十分だ。会いたかったよ。」

男は血だらけの手でチシャに触れようとした。
だが真っ暗なその視界では、隣にいるとわかっていてもチシャまでの距離がわからず、一度上げた手は行方を彷徨ってどこにもつかず、また戻ってしまった。

「王子…。」

チシャは泣きながらその男の手を取った。
両手で握り締め、自分の額に寄せる。
それはまるで神に祈る姿のようにも見受けられた。

「…っ…!!」

その時、男の体に異変が起きた。
血が躍り、熱が全身を駆け巡り、両目に行き着く。高鳴る鼓動を抑えるかのように呼吸も荒くなった。

「王子?!」

「なん…だ…?」

状況が判断できず、ただ手に力を込めることしかできなかった。
その時、絶えず男を苦しめていた両目の激痛は、少しずつ和らいでいるように感じた。

「王子…貴方、目が…っ。」

その言葉を男は理解できなかった。
だが突然差し込んだ久しき光に王子は目が眩んだ。

「チシャ…?」

失ったはずの両目で、チシャを捉えた。
男はチシャを見つめながらゆっくり体を動かす。

「王…、っ!!」

細い男の目がゆっくり開かれる。
男はその瞬間チシャを力強く抱き締めた。

「チシャ…チシャ…!!」

涙を音もなく流しながらチシャを呼び、腕により力を込める。
チシャは慌てつつもゆっくりと腕を王子の背中に回した。

「王子…。」

チシャは男の背中をトントンと指で叩く。
男は少し体を離し、チシャの方に目を向けた。
チシャはポケットから指輪の箱を取り出し、それを開けた。

「理由、聞かせて?貴方が置いていった、この指輪の理由。」

「……。」

男は指輪を取り出し、チシャの左手にはめる。

「チシャ。」

まっすぐ見据え、優しい目を細めながら口を開いた。

「あんたを愛してる。」

-fin-

○お待たせしました、ラプンツエルのパロ…ですが…
全然なりきれてない!なんじゃこりゃ!
せっかくお題を頂いたのに申し訳ないです…;;
ちなみに付け加えると、魔女は過保護な親だと
思ってください、そして男、次元の目は
チシャの長い髪はひとつだけ願いが叶うもので、
それを切ったときは願いはなかったため、
この時にその力が発動したとい…
後付け感が凄まじいですが
こんな感じです;;
でも書いているのはとても楽しかったです!
この話はまりな様のみお持ち帰り可です!
リクエストありがとうございました!

Thank you for reading!!


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