7月7日。所謂七夕の日。空は快晴…というわけにはいかず雨雲で覆われていた。
「あーあ…このままじゃ織り姫さんも可哀相だねぇ、彦星さんに会えなくて」
(ま、俺も人の事言えないか)
今ユーリが居るのはフレンの自宅だ。と言っても肝心の家主は出張で今日も留守だ。
「遅くとも一週間で帰れるって言ったくせに…昨日で1週間過ぎたっつーの」
フレンに合い鍵を貰っているので勝手にお邪魔して家主を待っているのだがそんな生活も今日で8日目だ。もはや今ではフレンの家から学校に通っているようなものだ。
帰宅してドアを開けるまでの期待と開けた後の失望を繰り返す度ユーリは少しずつ淋しさを感じていた。
「今日辺りそろそろ帰ってくるかな」
不安を掻き消すようにユーリは声に出して言ってみた。
今時携帯電話があるから連絡手段はあるのだが、ユーリは使う事を躊躇っていた。仕事中にかけるのは悪いし、かといって夜にかけて寝てるのを起こすのも悪い。なかなかタイミングがわからないのだ。
変な時にかけてもフレンは怒らなそうだが、こちらが聞きたいのは何時帰れるかということだけ。本当はただフレンの声が聞きたいだけ…なんて言う理由のみで貴重な時間を割いてまで電話してもらうのは気がひけた。
メールしようにも年上のフレン相手に今更文章をどう書けば良いのか悩んで打てなかった。
「フレンの邪魔しないでいい子で待ってなきゃ…」
それで帰ってきたらフレンから荷物と上着を受け取って急いで浴槽に湯を張って夕飯を作る。フレンは疲れてるだろうから胃に優しい軽めの和食にしよう。フレンが風呂に入っている間に夕飯を作り終えて上着にアイロンをかけて待つんだ。
「よし、風呂掃除しなきゃな」
せっかく毎日毎日ぴかぴかに磨きあげてもフレンは帰って来ないのだが、ユーリはめげずに今日も風呂場へと向かった。
『本日は七夕です。生憎の雨模様となりましたが全国各地では…』
(あ、笹買ってくんの忘れた)
どうせなら七夕でもしようかと思っていたユーリだったがフレンの事を考える内に笹を買うのを忘れてしまっていた。テレビをつけなければ気がつかなかった。笹と言っても偽物なのだがこれが無いと始まらない。
「買ってくっか…」
外は土砂降りの雨で最悪だがいた仕方ない。ユーリは財布と傘を持って外へ出た。
七夕セットを買って帰宅途中、商店街の店先に見知った人影を見つけた。
「カロル?」
「ユーリ!」
「何やってんだこんな所で」
「実は僕の傘盗られちゃったんだ…」
「それで雨宿りか?この雨当分止みそうに無いぞ」
「だよね…困ったなぁこれからナンと会うのに…」
ナンと言えばつい最近カロルの彼女になった女の子だ。気は強いが可愛い子だった。カロルもその分デートに気合いが入っているのかいつもよりお洒落な服装をしていた。
(しかしずぶ濡れで行ったら悲惨だよな…)
どうせフレンの家までもう少しだし良いかと思ってカロルに傘を差し出した。
「ったくしょうがねぇから持ってけ」
「え、で、でもユーリが」
「良いから。せっかく彼女に会うのにずぶ濡れじゃ様にならないだろ」
「う…本当に良いの?」
「おう。それともあれか?カロル先生は水も滴る良い男だから傘なんて要らないか?」
「からかわないでよユーリ!…じゃ、じゃあ借りるね…ごめん」
「構わねぇよ。デート頑張ってこいよ」
「うん!」
カロルが傘を受け取り走って行くのを見送ってユーリもフレンの家へと急いだ。
「あーあ完璧濡れたな…」
帰ってみてもやっぱりフレンは居なくて…。彼女に会えるカロルをちょっぴり羨ましいと思いながらユーリは洗面所へ入った。
「やべぇ、そういえば着替え無いんだっけ」
洗濯機にかけっぱなしで放置していた服を見てやってしまったとユーリは呟いた。今から乾燥機にかけても乾くにはもう少し時間がかかるだろう。
「…フレンの服借りちまうか」
背丈は似たようなものだから問題が無いはずだ。後は借りるという行為についてだが…。
「やっぱまずいかなぁ…でもどうせすぐには帰ってこないだろうし」
自分の服が乾いたら洗って返せば良い。そう考えてこっそりフレンの部屋に侵入した。
(えーっと…Yシャツでいっか)
フレンのクローゼットを漁って適当なシャツとズボンを借りた。早速来てみたのだが…。
「なんででかいんだよ!」
丈は良いのだが肩幅やウエストが合わない。完全にぶかぶかだ。フレンは確かに鍛えてある身体をしていたがユーリだってそれなりに鍛えてあるつもりだった。
「なんかムカつく…」
わざわざベルトをつけるのは負けを認めるようで悔しかったユーリはズボンを履くのをやめ、Yシャツに下着という色々と危険な服装で居ることにした。どうせ1人だからと何もかも投げやりだった。
(あ、でもこのシャツからフレンの香りがする…)
久しぶりに嗅いだフレンの香りにユーリの荒んだ心がほっと和んだ。シャツにほお擦りするように顔を近づければ、まるでフレンに抱きしめられているような感じだった。
(フレン…)
普段はフレンにべたべたされたらうんざりした顔を見せるユーリだが、実はそんなに過剰なスキンシップが嫌いなわけじゃなかった。今は特にフレンの体温が恋しくて仕方がなかった。
暫くYシャツを堪能した後、ユーリは買ってきた七夕セットの存在をやっと思いだした。
「さて、飾るとしますか」
偽物の笹をバケツに入れ、いっしょに入ってた短冊を取り出した。
「どうせなら願い事でも書くか」
ユーリがさらさらとペンを走らせてできていく短冊にはどれもフレンの事ばかり書かれていた。
『フレンの仕事が上手くいきますように』
『フレンがゆっくり休めますように』
『フレンが幸せになりますように』
沢山の短冊ができて残り1枚となった所でユーリの手が止まった。
「最後の1枚は何書こう…」
あらかた書きたい事は書いてしまった。
(1つぐらい個人的な願いを書いても良いかな…)
なんだか自分の幸せについて願うのは酷く悪い事に思えた。でも1枚だけ、1枚だけなら見逃してもらいたい。
躊躇いながらもユーリは短冊にこう書いた。
『フレンが早く帰って来ますように』
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