月日は経ち、現在はフレンと別行動をとるようになっていた。旅を続けるユーリ達は装備品の補充のためザーフィアスを訪れた。街は人で溢れなんだか以前より菓子を売る店が増えた気がする。今度来た時に立ち寄ろうとユーリがちらちらチェックしているとエステルが駆け寄ってきた。

興奮気味の彼女が言うにはバレンタインという風習がザーフィアスの巷で流行っているらしい。何でも日頃の感謝の気持ちや恋心をお菓子に込めて贈るとか。せっかくザーフィアスにいるのだからと主張する甘いもの大好きな女性陣に引きずられて面倒臭い様子のレイヴン達も流行に乗る事となり、各自お菓子を用意して交換する事にした。




翌日、下町の宿屋のキッチンにユーリは居た。なんて良い流行だろうとユーリはひそかにうきうきしながらチョコレートケーキにさくらんぼを乗せていた。気分が良いためか出来栄えも満足する物ができた。このまま素晴らしい流行が定着する事を願いながら最後の飾り付けを終えた。

その他余った材料でクッキー等も作ってある。全てのお菓子を包み、その重さに幸福感を覚えながら城へ向かった。


「おっ、皆居るな。ん…なんでそんな死にそうな顔してるんだ?」


エステルの計らいでテーブルが用意されていたザーフィアス城の一室にユーリ一行は集まっていた。最後に到着したユーリは室内のどんよりした空気に首を傾げた。一応先に何かを食べていた形跡ははあるが…。

エステルは曖昧に笑いながらユーリを迎えた。


「な、何でもないですよ。これ、昨日私とリタとジュディで作ったんです」
「こっちは僕とレイヴンのね」


テーブルの上には皆が作ったお菓子やエステル達が別に買ってきたのであろうお菓子も沢山並べてあってユーリにとっては夢のような光景だった。


「美味そうじゃねぇか。これは俺からのチョコレートケーキな」
「……」
「…どうした?」


チョコレートケーキを見た一同から敵意に近い空気が醸し出されユーリはたじろいだ。


「チョコレートケーキ…もう絶対見た目にはごまかされないわよ」
「かなり美味しそう…だけど…それが罠なんだね」
「だ、大丈夫ですよ、リタ、カロル。これはユーリが作ったんですから」
「でも私、一口目は遠慮しとくわ」
「おっさんもやーだ」


皆に自分の自信作のチョコレートケーキを侮辱された気がしてユーリはむくれた。


「なんだよお前達。いらないならよそに回すぞ」
「い、いります!じゃあ私が最初に…」
「エステルやめなさいよ!」
「心配しないで下さい。ユーリを信じてますから」


信じるも何もおかしな物は入れて無いとユーリがまた更に機嫌を悪くする中、エステルが恐る恐るフォークを口に運んだ。


「お、美味しいです…!」


そのエステルの言葉にほっと仲間達の空気が緩んだ。


「…で、なんかあったのかよ」


ユーリは不機嫌なまま仲間に問い掛けた。理由を尋ねないままチョコレートケーキを侮辱されたのを許すわけにはいかない。


「諸悪の根源はあんたの友人よ。どーにかしなさいよあれ!」


いきなりつかみ掛かってきそうな勢いで迫るリタにユーリはびっくりした。


「お、おいリタ。いきなりどうした」
「なんで私達に黙ってたのよ!おかげで舌がまだびりびりして…う、また吐き気が」
「吐くならあっちよリタ」
「ユーリ…よく今まで生きてきたね…」
「カ、カロル…顔死んでるぞ」
「おっさんも久々に身の危険を感じたわー…平穏な毎日に油断するなっていう戒めなのかしら…」


カロルとレイヴンはげっそりした顔で呟いた。


「おっさんまで大丈夫か?」
「フレンのチョコレートケーキ、見た目は凄く美味しそうでしたが…私の口には合わなかったみたいです…」
「なかなか刺激的な味だったわね。あんなものを平然と寄越す神経が理解できないわ」


皆がありえないと言った表情で告げる内容をまとめると…ユーリが今まで避けたかった事態が起こっているのがよくわかった。


「待ってくれ、要するにお前達はフレンのチョコレートケーキを食べたのか?」
「そうよ。バレンタインだから貴方のためにお菓子を作ったら作り過ぎて机に置けなくなったらしく、私達にもおすそ分けって部下に持たせて来たのよ…。とんだとばっちりだわ」


このお菓子交換会の事はおろかザーフィアスに来ている事も言った覚えは無いのになんでフレンが勝手に参加してるかは謎だが…あいつはついにその壊滅的な味覚音痴を披露してしまったようだ。予期せぬアクシデントと言った所か。


「あーその…先に言わなくて悪かった」
「本当よまったく…今度目の前にあいつがいたらぶっ飛ばすわ!あたし達にこんな物出してくれるなんて良い度胸じゃない」
「…それは勘弁してやってくれリタ。フレンに悪意は無いんだ」
「自覚無いの!?」
「自覚というかあいつちょっと味覚が俺達と違ってな…。レシピ通りに作れば良いんだが、自分の舌を頼りに料理したらほぼアウトだ。しかも俺達がやばいと思う味付けでも真顔で美味しいって言うぜ」
「それって逆に普通の料理はまずく感じるんですか…?」
「いやそれは無いみたいだ。ちょっとぼやっとした味に感じるとはよく言ってるが…」


フレンなりに真剣に考えた上であの味を生み出しているのだからユーリも怒るに怒れない。


「俺も時々それとなく言ってるんだがな…あれがフレンの舌にとって美味しいって事だから仕方ないんだ。俺が代わりに謝るから許してやってくれ」


あのユーリが軽く頭を下げて申し訳なさそうにしているので皆フレンを怒る気が失せてしまった。


「べ、別にわざとじゃないならしょうがないよ。ねぇ皆?」
「フレンが悪いとも一概に言えませんからね」
「なるほど…だから今まで食事当番をあいつに回さないようにしていたのね」
「まっ、これからもフレンちゃんの食事当番を頑張って阻止してくれりゃあそれでいいさ」
「悪いな、本当に」


被害は出てしまったがこれで丸く収まったと思った所で言いにくそうにジュディスが口を開いた。


「このタイミングで言いたくは無いんだけれど…暇になったら部屋にきてってフレンからの伝言があったわ。さっきも言ったけれど大量にお菓子作ったみたい」
「そっか…。じゃあ俺フレンの所いってくるから皆好きにやっててくれ」
「ダ、ダメだよユーリ!行ったら絶対まともに帰ってこれないよ」
「そそ。彼随分はりきったらしいしおっさんも行かない方がいいと思うわよ」
「大丈夫だ。あいつの料理にはそれなりに耐性があるし」
「でも…」
「せっかく作ってくれたんだから食べるのが礼儀だろ?」


ユーリは平気だと笑いながら、皆が止めるのを聞かず部屋を後にした。


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