いつもと同じ帰り道。徐々に早まる日暮れが冬の近付きをひしひしと感じさせる、そんなある日のこと。
「Trick or Treat!」
英語が苦手な鈴にしては珍しい、完璧な発音だった。
「あー……えっと、」
期待のこもった目が見上げてくる。事前に何度も何度も、この日のためだけに発音の練習をしたのだろう。やり遂げると決めた彼女には鬼気迫るものがあり、それを幾度か見たことのある僕には容易に想像がついた。
なんとしても、期待に応えねば。
ちょっとした強迫観念のようなものに追い立てられ、慌ててカバンを探る。ポケットも探る。隅々まで探したが、運悪く今日は何もない。
「鈴、ごめん。いま持ち合わせがない」
カバンをのぞき込んでいる間に鈴はうつむいてしまっていた。「本当にごめんね」と頭をさげる。
「……う」
「なに、鈴?」
つぶやきが聞き取れなくて、顔を近付ける。
「違う、て」
か細い声。鈴が顔をあげる。赤く染まった頬。
「こ、こういう場合、恋人同士は、その……きっ、キスを、するんでしょ!?」
またたいて、鈴を見おろす。
「そうなの? ごめんね、よく知らなくて」
「べっ、別にそんな、私も知らないしっ」
またうつむいてしまった鈴に、笑みがこぼれる。
「ねえ、鈴」
彼女の頬に手を添えれば、ゆっくりと潤んだ目がこちらを向く。
「Happy Halloween」
一番甘いお菓子を君に。
【end】