一年で

 『魔女』という異質が存在する。人間から生まれ落ち、闇と魔族を糧に時を刻む生き物が。
「人間から生まれた魔族、と考えるといいよ。君の感覚では一番近いだろう」
 本人が言うからには、それが正しいのだろう。あくまでも、俺の中では、だが。
 部屋の戸を三度たたき、来客を告げる。返事を待たずに居間の窓を全て塞いで蝋燭を灯す。何が起こるのか、不安げな客を椅子に座らせたところで魔女が現れた。
「本当に良いのかい?」
 目的語が抜けた問いに、しかし客は必死の様子でうなずく。
「父の後を継ぎたいのです。継がなくてはならないのです。だから、どうか男に」
 およその事情を察してしまい、思わず客を見詰める。明るい外で見た健康的な肌と赤みを帯びた髪。炎で照らされた瞳は強い光を含んでいる。灯り一つの居間でも目立つほどに。
 女にしては意志が強くとも、男になれば好青年になりそうだ。先頭に立って皆を引っ張っていくような。
「条件は一つ。毎年同じ日、同じ時にここへ来ること。僕が君の闇を食らって、君が男であれるようにする」
「わかりました」
「本当にわかっているのか、お前」
 ここに来る、ということは。
「フィス、君は無関係だ」
 俺が入れた横槍をあっさり払い、客に目を閉じるよううながす。魔女の指が素早く彼女の頬をなでただけで、もうそこには好青年がいた。
「また一年後に、ね」
 客は自分の体を確かめ、微笑みを浮かべた。

「王子様は不満なようで」
 笑みを含んだ声が背中を小突く。覆いを取った窓は本来の役目通り日差しを取り込んでいるのに、今日の魔女はまだ部屋へ引っ込まない気らしい。
「君が追い出されたきっかけも僕だから、だね」
「魔女に通じた者はいずれ追われる。待つのは死だ」
 毎年ここに通いに来るなど、魔女に通じていると公言するものだ。どんなに注意を払おうとも必ず露見するだろうに。
「君は彼女を知らないのか」
 意外そうな口振りに振り返ると、魔女は玄関に目を向けていた。いや、そこから先程出ていった客に。
「この森を挟んだ隣国の姫君だよ」
「……どう見ても健康だったぞ」
 病弱ゆえ閉じこもったまま、社交の場に出てこれない子がいるとは聞いている。確かに男女の明言はしていなかったが。
「師匠がね、ちょっと噛んでる。――彼女はもう、男になりには来ないよ。賢い子だから」
「一年以内に蹴りをつける?」
「君もそうしてくれたら嬉しいのだけれど」
 視線をそらした俺に、魔女はどんな表情を浮かべたのか。
「お茶、注いでくれるかい」
 魔女の些細な要求に、気まずさからか従っていた。


【end】

後味さっぱりか多いに疑問なのですが。リクエストありがとうございました!

翡翠ちゃんへ

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読了ありがとうございました。

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