魔女と王子とチョコレート

 小さな火が一つだけ灯る暗い部屋。外はまだ昼間だというのに、戸も窓も締め切り欠片も日光が入らないでいる。いつにも増して暗い。
「調子が悪いから、しばらく光は最低限にする」
 そう宣言していたのは昨夜だったか。
 暗がりに慣れた目に人影が映る。この小さな灯りで、椅子に腰掛け本を読んでいる。ゆったりとローブをまとい、机に頬杖をつく横顔。そこに美しさはない。女性性もない。いや、あるはずがない。
「魔女」
 反応して上げた顔の下、のどにある明らかな突起。男にして魔女という異質は、何と短く問う。口を開けてみたものの、そこから先は言葉が出ない。
「都での甘ったるい生活が忘れられないか」
 彼の声は平坦なようで、実はからかいの色が混じっている。そんなことに最近ようやく気付くようになったが、わかっても余計に神経を逆なでするだけ。
「そういうわけでは」
 今度は小さく笑った。と思う。
「口恋しくなったのだろう。久しくチョコレートを飲んでいないから」
 右の眉が跳ねた。毎度お馴染み、人の心の内を読んだかのような言葉。
「読むな」
「闇に訊いたまで」
 灯りを受けてもなお深く黒い瞳に、視線を外す。多少魔女の機嫌を察せるようになっても、やはりあの目は苦手だ。
「王子として帰り、処される前の終の望みとして飲んでくるといい。私はとめやしない」
「母への不義の償いをすると誓ったのはどの口だ」
 反射的に応えてから、しまった、と失敗に気付く。これでは責めているかのよう。いや確かに、この点では責める権利があると考えているが、今は。
「君が要する限り、とも言った。死にに行きたいと言うならば、それまで」
 話は終わり、とばかりに本へ視線を戻す魔女。ひと回り小さな体躯を見下ろし、ため息をついた。
「チョコレートは滋養にいい。その不調が治ればと思ったまでだ」
 再度こちらを見上げた目が、わずかばかり見開かれているように思えた。
「……これは新月の闇を口にすれば治るものだ」
 気持ちだけ有り難く頂いておこう。
 返事を聴いて部屋を出た。魔女の体調を気にするとは、今日はどうかしている。彼の不調がうつったか。指先で触れた頬は、ほのかに火照っていた。


【end】

白妖さんへ

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