「貴方の噺はつまらないんですよ。だらだらと、長ったらしくて」

鬼灯は、それまで書類に走らせていた手をぴたりと止めた。苛立った顔をして、手元に置いたグラスに注がれた赤いインクに万年筆のペン先を浸す。書類の訂正箇所を赤文字で添削する。

「物事を事細かに説明してやってるんだろ。何事も、聞き手ってのは、結果だけじゃなくて成り行きも知りたいものさ」

得意気な顔で白澤はやれやれと首を振る。鬼灯はもう一度ペン先に赤いインクを吸わせ、書類に赤い文字を走らせる。

「その聞き手がつまらないと言っているんですから。そういうときは臨機応変に、結果だけ伝えるとか、そんなこと幼子にだってわかりますよ」
「お前が楽しかろうが、つまらなかろうが、知ったこっちゃないね」
「そうですか。だったら全部聞いてあげます。ただし少しでも私の癪に触れば、貴方を肉片になるまで殴ります。金棒で…、肉片までも磨り潰します」
「…そこまでしなくてもいいじゃん。なんかその冗談は辛辣すぎて笑えない」
「冗談ではありません」

鬼灯は立ち上がると、赤いインクの入ったグラスを持って席を離れる。

「どこ行くのさ」
「インクが切れそうなので。補充に」
「暇だから僕が行ってきてやろうか」
「……。いや、いいです」
「ぷっ、柄にもなく遠慮してんの?」
「遠慮ではないです」
「じゃあそのグラス貸せよ、行ってきてやるから」
「……」

暫し黙って、それから鬼灯は白澤にグラスを手渡した。

「閻魔殿を出て東にある階段を降りた地下倉庫にありますから」
「地下倉庫の、どの辺り?」
「すぐに分かりますよ」
「わかんないって。どの棚の何段目とか、言えよ」
「行けばすぐ分かりますってば」
「わかんないって!」

「……」

鬼灯はうんざりした顔をしているが、わからないものはわからない。白澤は眉間に皺を寄せる。諦めたかのように、鬼灯は溜め息をついた。


「じゃあ言います。入ったら天井から、吊るしてあります。その下にバケツを置いて、溜めています」
「…?吊るしてある?何が?それに何を溜めてんのさ。インク?」

鬼灯は黙り込んでしまった。しかし、相も変わらず光のない鋭い目で、白澤を直視する。

「先週、貴方、遊郭へ行ったでしょう」
「それが何?ていうか何で知ってんのさ」
「楽しかったですか?」
「そりゃあ楽しくなきゃ行かないね」
「でしょうね」
「……意味わかんないや」

白澤は踵を返した。

「お帰りで?」
「一回取りにいくと言ったからには、取りに行くよ。…だからさあ、暇なんだって、僕」

部屋の出口の扉へ歩み寄り、ひんやりとしたドアノブを握る。その冷たさが、妙に気持ち悪い。白澤はピクリと動きを止めた。

その僅かな動作に気付かぬ鬼灯ではない。

「あのさ、僕って吉兆の印なんだよね」
「知ってますよ」
「逆に言うと、極端に吉兆でない場所―――つまり凶とされる場所には、現れないんだよ」
「そういうことになりますね」

「……その僕の直感が、地下倉庫には行くなって警報鳴らしてる」

鬼灯の纏う空気が僅かに変わったのを白澤は肌で感じ取った。

「白澤さん、引き止めたのは貴方が仮にも神獣だからです。それでも行くと言うから警報などが頭に響くんですよ。私のせいではありません」
「何をしたんだよ、お前」


カタ、と鬼灯が立ち上がる。

「貴方が何が言いたいのか知りませんが、此処は地獄ですよ」




End





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