oneirodynia 1


それはぬるりと赤黒く光って、後から後から流れ出てくるのだ。

ぽっかりと黒く、穴。撃ち出された鉛の弾はいともたやすく柔らかな布地と、その下の厚い筋肉を裂き貫いた。力強く拍動する血液のポンプは喰い破られ、全身を巡るはずの血液がその小さな穴からどくどくと溢れ出て止まらない。
この液体は命だ。命が男の体から噴き出る、流れ出る。

小さな鉛が身体を貫く衝撃は、重く、深かった。痛みに強いはずの男は、その衝撃からか、驚愕にか。小さく、声を上げた。その小さな、断末魔の叫びと呼ぶには余りにも小さなその最期の声を吐きだして、男の口は薄く開いたまま。
中心の穴から立ち上る黒煙は強い風に掻き消され、高く高く、眩むほどに青く、澄み切った空に届かない。
空を仰ぐ男の、その一つしかない瞳は空っぽで、もう何も映さなかった。
身体が鉛の弾を飲み込んだ瞬間、男はその瞳を僅か大きく見開きはしたけれど。苦痛から、あるいはあらゆる呪縛から解き放たれたその表情は。例えば仲間と談笑しているときよりも、二人きりで杯を酌み交わしているときよりも、幾分も穏やかなもので。
あぁ、彼はようやく自由になったのだなと。

「スネーク」

名を、呼ぶ。そんなに満足そうな顔をして、本当に、良かった。
なんて笑って、彼の名を何度も呼んで、なぁ、なんでそんなに嬉しそうなんだなんて尋ねるけれど、聞こえるのは風の音ばかりで、一向にその、優しくて強くて暖かい声が返って来ないから。

あんたの名前を呼ぶ声が震えるんだ。
あんたが、俺を呼んでくれないから。その眼が、俺を映してくれないから。

「スネーク…っ」

俺を置いて、いかないで









窓の隙に見える薄い白が、毛布を被ってからまだ二時間と経っていないことを告げていた。シャワーを浴びてからそう時間を置いていないはずなのに、身体は酷く震えて、シャツはじとりと湿っている。ここ数日の激務に、休息を求めて軋む身体を余所に、頭だけは嫌に醒めきっていた。とても、もうひと眠り、なんてことは出来そうにない。

「クソ…ッ」

顔を抱えて、小さく舌打ちを吐く。指先が触れた頬が、僅かに濡れているのは気のせいだと思いたい。
同じ夢。否、正確に言えば同じ夢ではないけれど、彼が死ぬということには変わりない。違うところといえば死に方くらいだろう。…まぁ、クレイモア地雷を踏んで、身体半分吹き飛ばした彼の死体を拝まなかっただけましだろうか、それでも、とても夢見がいいとは思えないが。

やけに鮮明で、酷く縁起の悪い夢だ。ここ数日、眠りに就く度魘されては、碌に眠れもせず朝を迎える。
有り得ない、などとは言い切れないから性質が悪い。稀代の戦士であるスネークとて、人間だ。死と隣り合わせに生きる彼が、明日戦場にいて骸になるとも限らない。

スネークだって、死ぬのだ。そう頭では理解しているものの、覚悟が出来ているかと問われれば首を縦に振るのは難しい。実際、覚悟など、出来ていないからこんな夢に魘されるのだ。少なくとも十日前までは、下らない幻想を抱いていたとすら言える。彼は死なない、どんな戦場へ赴いても必ず自分の元へ帰ってくる、だなんて。それはもう信頼ではない。ただの幻想、願望。

実に自分勝手で押しつけがましい幻想じゃないか。彼を戦場に送り込むのはいつだって
自分なのに。笑って、頑張れなどと笑って、死ばかりが蔓延る戦場へ彼の背を押し出す。彼は自ら望んで、戦地へ赴くのだと言うけれど。
彼の心臓を打ち抜いたのは、その引き金を引くのは俺なんじゃないかと。

下らないとは解っていても、一度暗闇に囚われた思考は深みへ深みへと沈んでいく。考えたって詮無いことだけれど、巡るのは彼の死、夢の中の、吐き気がする程に鮮明なその死の場面と、重なるのは十日前のあの日。
生きているとも死んでいるとも解らない、ぐっしょりと血に塗れ、蒼白な彼の顔。
その口元に手を翳しても、彼の呼吸を感じ取ることは出来ず、その胸は、上へ下へ動くことを忘れてしまったように。
これは、なんだ。知らない、俺には解らない。解っているふりをして、本当はこれっぽっちも解ってなどいなかった。

スネークだって、死ぬんだ。

頭の中を過ったその事実が、それでも良く解らないのか、解りたくないのか、解っているのに認めたくなかったのか。真っ白で空っぽで、真っ黒でぐちゃぐちゃになった脳みその、とてもとても冷めきっていた部分が。驚くほど冷静に、今にも泣き出しそうに慌てふためく兵士達に指示を出していたことは、後になって知った。
そのときの記憶はない。人は状況を言語化して記憶に留めるが、どうやら完全に機能を見失っていた脳内では言語化など到底無理だったようだ。ぐったりと担架に横たわる、スネークの痛々しい姿だけが鮮明に焼きついて離れない。
彼は既に一命を取り留めて、その後奇跡的なまでの回復を遂げているというのに。
死にかけたその姿が何度も夢に現れる。何度も、何度も。覚悟の無い俺に見せつけるように、知らしめるように。

大きく首を振って、頭にこびりついた忌わしい映像を振り払う。疲れ切った身体の悲鳴には気付かないふりをして、強引に身を起こした。
こんなことで立ち止まっている暇は、無いのだから。

野戦服の袖に腕を通し、副司令という名の仮面を無理矢理顔に張り付ける。
あの日以来、スネークには会っていない。会えるわけがない。
彼の分の仕事を請け負い、倍加した負担を建前に、和平はスネークと会うことを只管に避けた。
彼を前にして冷静でいられる自信は、無い。
いつまでもこうして、彼を避け続けるわけにはいかないなんてことは解っているけれど。

大きく息を吸い込む、吐き出す。大丈夫、まだ大丈夫。
トレードマークのサングラスで、目の下に深く刻まれた隈と、不安を湛える瞳を覆い隠すと、和平は静かに部屋を出た。






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