プロローグ 01
どんよりとした黒い雲を抜け、三日月がゆっくりと顔を出している。
梅雨独特の生温い風も、夜中となれば冷たさを感じる。高所となれば特にそうだ。
「よく俺の居場所が分かったな。幕府の犬がこぞってここを探してるってのになァ」
船から出てきた一人の男を、月が不気味に照らし出した。
紫の着物は闇夜に溶け込み、左目に巻かれた包帯は何年も前からそこにあったように、男の体の一部のようになっている。
――高杉晋助。
それが男の名だ。
「幕府の犬が馬鹿なだけでしょう」
高杉の姿を漆黒の瞳に映し、幕府に憎まれ口を叩いたのは、高杉よりかは年下であろう青年。
「ククッ、言うじゃねーか。向こうに居た見張りはどうした?」
「見張り? ああ、入り口に居た雑魚ですか。今は安らかにお眠りになってますよ」
「随分と肝っ玉の太ェ野郎だな。まァ、嫌いじゃねェ」
「それは光栄です」
青年は笑みを浮かべたその顔にはどこか威圧的なものがあった。
高杉は青年の心を見透すかのように、真っ直ぐ眺めた。
外見を見る限り、特に秀でたところもない、ごく普通の青年だ。 漆黒の瞳に合った黒髪の襟足が少し長いくらいで、服装も下界に居る庶民と変わらない。
その青年は、そんな高杉の視線にも気圧されず言葉を紡いだ。
「率直に言います。鬼兵隊に入れてほしいんです」
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