大好き、その一言だけで

ふわり、と1枚の桜の花びらが舞う。その花びらが桜乃の手のひらにゆっくりと落ちた。自然と上を見上げ、周りを見渡せば満開の桜。いつも通る道のはずなのに、まるで別世界に居るような錯覚に陥る。綺麗な薄桃の花びらが雨のように止むことなく空から舞い落ちてくる。思わずふっと頬が緩む桜乃に、一緒に下校していた小坂田も笑った。

桜乃は手のひらに乗った花びらを自分の鼻を近づけた。

「わ…いい匂い」
「ホントだ、すごく優しい匂いがするわね」
「うん、それに綺麗で可愛くて、大好き」

桜乃はふわりと桜の花びらのような可愛らしい笑顔で答えた。小坂田は目の前の可愛らしい笑顔を浮かべる桜乃に我慢ができず思わずぎゅぎゅっと抱きしめた。苦しいよ、と笑いながら言う姿も可愛らしく小坂田は抱きしめる力を強めた。

二人でクスクスと笑っていると1つの足音が近づいてきた。自然とそちらを向いた2人の視界に入ってきたのは見知った人物で、桜乃と小坂田の声は重なった。

「「あ、」」

「桜乃しばらく見んうちに綺麗になったのう」
「に、仁王さん何言ってるんですか…っ」
「真実を言っただけじゃ」

にやりと笑いながら桜乃の頭を撫でるのは立海テニス部3年の仁王雅治だった。どうして彼がここにいるのかが小坂田は気になったが、桜乃はそんなことを気にしている様子はない。親友である小坂田の存在を忘れているかのように、楽しそうに話している。少しさびしくなりぷうと頬を膨らませて、わざとらしく咳をしてみた小坂田に桜乃は慌てて謝る。

「あ、ご、ごめんね朋ちゃん…」
「いいわよ別に。気にしなくて!私先帰ってるわね」
「あう…ごめんなさい…」
「いいのいいの!仁王さん、桜乃のこと宜しくお願いしますよ」

しゅんとなる桜乃の頭をくしゃっと軽く撫でたあと、小坂田は仁王に向けてそう言い放った。すると仁王は「任せんしゃい」と言って桜乃を抱き寄せて笑う。小坂田は安心したように微笑んで桜乃に最後にウインクして背中を向けた。桜乃は出せる限りの声でその背中に向かって「ありがとう」と言った。

「相変わらず仲いいのう」
「はい!朋ちゃんのこと大好きですから!」

羨ましそうにそう口にした仁王に桜乃は満面の笑みで答えた。仁王は桜乃の口から出てきた『大好き』の言葉に、まるで新幹線のような速さで反応した。

―俺もまだ言われたことないぜよ

少し拗ねた顔をした仁王の突然の言葉に桜乃はすぐには反応できずにきょとんとしており、その上首まで傾げている。

「俺には言ってくれんのか?大好きって」
「!!」

はっきり言われて桜乃は初めて仁王が拗ねた顔をした理由を理解した。桜乃は顔を赤く染めて、わたわたと焦り始める。そんな桜乃を見て仁王は楽しそうに笑ってみていた。桜乃は笑わらないでください、と仁王の胸をポカポカと叩くが全く意味はない。仁王はにやりと笑ってからかうように桜乃の耳に息を吹きかけるのだ。

「〜〜〜!」
「顔が真っ赤ぜよ」
「仁王さんなんて…だ、大好きです…っ」
「よくできました」

欲しかった言葉を貰った仁王は今日一番の笑顔を見せた。


大好き、その一言だけで

−−−−−−−
120309 修正


BACKNEXT





×
- ナノ -