「キスくらいしとかんと、男なんて言えへんよ」なんてふざけながら志摩は燐に言った。それを横で聞いていた勝呂が呆れたようにため息をつき、教科書で軽く頭を叩いた。叩かれた場所を抑えて涙目で、痛いと訴えると勝呂は鋭い視線を志摩に向けて、志摩を黙らせた。それから勝呂が燐の方を見て、気にするなと言おうとすると彼はもう既に何かを考えているらしく勝呂の言葉は届かなさそうであった。
「…あかんわ、これは」
***全ての授業が終わった後も志摩の言った言葉を真面目に考えていた燐にしえみが声をかけた。一緒に帰らない?そう聞けばいつもは笑顔で頷く燐だが、今日はいつもと反応が違う。目線が泳ぎ、返事も曖昧。しえみは不思議に思いながらも燐と並んで歩き始めた。
しえみが何を言っても燐はキスのことで頭がいっぱいで、さっきから返事は頷くだけ。しえみはそれに気づいていながらも何も問い詰めず話を続けた。やがて家の前に着くとしえみはまた明日ねと言って家に入ろうとした。その手を燐はとっさにつかむ。
「燐?」
「あ、の、俺、しえみと、そのキス…、したい」
「えっ!」
「あ、嫌なら嫌って言ってくれれば…」
先程の大胆な発言をした燐は今度は小さな声でそう言った。しょぼんとなっている燐はしえみより小さく見える。そんな燐の姿を見てしえみは小さく笑って、燐を抱きしめた。突然のことに驚いて声が出せない燐にしえみは、いいよとただ一言だけ言う。その瞬間燐は目を見開いて驚いた。
「ま、まじで?」
「うん、本当だよ」
「…じゃあ、失礼します」
緊張のあまり変な挨拶をしてしえみの唇に自分の唇を近づけた。しえみの息が燐の唇に吹きかかる。緊張で胸がどきどきと高鳴る。思い切って唇をくっつけると、ふにっと柔らかい感触を感じた。
(や、やわらけ…)
「…ふふっ、燐真っ赤」
「…しえみもだろ」
「うん、お揃いだね」
にこりと笑ったしえみに燐はもう一度キスをして、笑い返した。
身近な幸せを感じたい
BACK | ▽ | NEXT