▽一乃視点
「山菜、」
「…ふっ、ひ、っく、一乃、く、ん」
「泣いてる原因は、神童?」
「…ううん。シン様は、関係、ない、よ」
そう言って笑ってみせた山菜。けどきっと、いや絶対にそれは嘘で、その証拠にシン様と口にした山菜の唇は震えていた。笑顔だって、いつものふわふわした笑みなんかじゃなくて、無理して笑ってる。俺ならずっと傍にいてあげられるのに、泣かせたりなんかしないのに。
「男は神童だけじゃないだろう」
「…駄目なの。シン様じゃなくちゃ、駄目。でもシン様が私を受け入れてくれないなら、もう、誰でもいい」
そんなことを言いながら山菜は泣く。さっきまで笑ってたのに、今は大粒の涙を流している。やっぱり無理して笑ってたんだ。そんな山菜がたまらなく愛しく感じた俺は山菜を抱きしめて囁いた。
「誰でもいいなら、俺を選んで」
「一乃君…?」
「好きにならなくてもいいから、俺を選んで」
山菜が辛いときにこんなことを言うなんて狡い男だと思った。けど、どうしても山菜を諦められなかった。神童が山菜を受け入れないというなら、他の誰かが受け入れてあげないといけない。このままじゃ山菜が壊れてしまいそうで怖かった。
「山菜、好きだ。ずっと、好きだったんだ」
「…ごめんなさい」
そう言うだろうなと想像はついていた。けど、こうして山菜が悲しんでいる今、ごめんなさいとだけ言われても放したりはしない。俺は諦めが悪くて、狡い男だから。もう一度「ごめんなさい」と告げようとした山菜の唇を静かに塞いで、一層強く抱きしめた。
望んだってもう還って来ない日常
title by 累卵
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