ワルイオトナ1/7
江戸──
名前は真選組の見廻りに着いて回っていた。
あれから真選組の門を叩きめでたく入隊──など簡単になれる訳もなく。久しぶりの再会に近藤さんや総悟や武州の皆んなは懐かしがって喜んでくれた。あの男を除いては。あの男、土方十四郎は私を見て驚きはしたもののすぐに眉間に皺を寄せ、ぶっきら棒に一言何をしに来た、と言って退けた。貴方を追いかけて来ましたなんて口が裂けても言える雰囲気じゃない。家を勘当されて行く当てもないのでここに置いて下さいと嘯くが両親に会ったばかりのトシが信じる筈もなかった。

すぐに帰れ!と言うその様にびっくりした。武州に来た時とは別人の怖い顔。笑顔は1つも無い。え、同一人物ですか?
私は負けてたまるかと何とか引き下がった。真選組に置いて下さい、何でもします。家出当然で出て来ました。もう帰る所はないんです。目に涙をいっぱい溜めて訴えても玄関先で帰れの一点張り。玄関で押し問答する私達を見兼ねた近藤さんが気の済むまで置いてやろうと助け舟を出してくれた。近藤さん大好き。(気の済むまでって若干の子供扱いが癪に触るが。そして帰りませんが。)さすが人情家。それに比べてあの男は血も涙もないのか!

『泣く子も黙る鬼の副長』

そう呼ばれている事はその後知った。それにしたってあんな冷たくあしらわなくったっていいのに…。武州に帰って来た時との落差が激しくて私はだいぶ動揺していた。
屯所内の一室を与えられたが、まずここでその呼び方は止めろ、と釘を刺された。隊士に示しがつかねェと。それから男所帯だから何が起こっても責任は持たねェと。ええ、こういう時は身を以て守るとかじゃないんですか?俺は組のことで手一杯だからいらねェ世話を掛けさすなと。とてもとても恐ろしい顔で言われた。
それから屯所で数日暮らしたがトシ……土方さん、から声を掛けられる事は愚か廊下ですれ違っても目すら合わせてはくれなかった。ガン無視ですか…そうですか…。徹底した鬼の副長ぶり。
さすがにへこむ……。縁側に座ってしょんぼりしていると総悟が一緒に見廻りにと誘ってくれた。

歌舞伎町に出ると昼間でも賑やかだ。田舎の静けさとは全然違う。色んな人や天人も多くてあちこちキョロキョロしてしまった。

「あ、旦那。」
「あ、」

総悟が言った先には万事屋の旦那が死んだ魚の目で怠そうにぺったらぺったら歩いていた。旦那は真選組に居ついて次の日、買い物に行った時に遭遇した。何でも屋の万事屋の社長だと買い物ついでに町を案内してくれていた山崎さんが紹介してくれる。ついでに色々厄介な人だからあんまり近づかない方がいいよって耳打ちされたが耳聡く聞いてた旦那が何だコラジミーのくせに奢れやってたかってた。うん、あんまり近づかない方がいいらしい。
目の前にいる旦那は面倒くさそうに顎を撫りながら目を細めた。

「あー総一郎くん。」
「総悟でさァ。」
「と、いちごちゃん。」
「名前です。なんですかいちごちゃんって果物?」
「あ?いちごバカにすんじゃねーぞコラ。ビタミンたっぷりで貧血にもいいんだぞコノヤロー。」
「…はぁ、…はぁ?」

だから何?掴み所のない人だな。万事屋の旦那は白い天パの頭をふわふわさせながら総悟と話していた。私はその横からそっと旦那を盗み見る。死んだ魚の目に着流し。黒のインナーから覗く胸元や片腕はその気怠さからは相反して意外と逞しさが伺える。このご時世に木刀を腰に差し背格好は結構大きい。そうだ、きっとトシ…土方さんと同じくらいなんだ。土方さんの方が少し細い印象だけど。盗み見ていた筈がいつの間にか凝視してしまったらしく気づいたら旦那と総悟の視線が…。

「あ?何この子。すっげ見てくんだけど。何?もしかしてガンつけてんの?」
「あ、いえいえそうじゃなくて…、」
「旦那の天パが物珍しいんでさァ。」
「何ソレ。珍獣扱い?俺だって好きでこんな天然パーマネントじゃねんだよ。金取んぞクソガキ。」
「わっ、」

チンピラみたいにイチャモンつけながら肩に手を回される。体重をかけてきて重いって。

「旦那重!幼気な女の子にたかり?」
「幼気?いちごちゃん幾つよ。」
「いちごじゃありませ「触んじゃねェ。」

退かそうと思っても重くて何ともならなかった腕がひょいと外される。タバコを吹かしながら不機嫌そうに旦那の腕を掴む土方さんが後ろに立っていた。

「……土方さん…、」
「ウチのモンに気安く触んじゃねェ。オマエも許可無しで屯所から出るんじゃねェ。」

ギロリと睨まれる。江戸へ来てまともに口を聞いて貰った第一声がそれって。

「多串君、なんでもいいけど腕痛ェから離してくんない?つかいつにも増して瞳孔開いてねェ?オタク。」
「…平日の昼間っからブラブラと。まともな大人のやる事じゃねェな。」
「あ!?んだコラ喧嘩売ってんのか?買ってやるぞコラ、オメーだってフラフラしてんじゃねェか税金ドロボーが!額にでっかいブーメラン刺さってんぞ!」
「俺は職務中だ隊服着てんだろうが、その目ン玉すら機能しなくなったのか!」
「隊服着てサボってんなら俺よりタチ悪ィだろうが、だから税金ドロボーつってんだよ。理解する能力すら無くなったか!」
「ちょ…やめ、やめて…、総悟…!」

大通りの真ん中で子供みたいな喧嘩を始める2人にびっくりして総悟を見るが、頭の後ろで手を組んで風船ガム膨らませながら平然と見てるだけ。そうこうしているうちに取っ組み合いが始まりそうになって慌てて土方さんの腕を引っ張った。

「かえ、帰りますから土方さん!こんなとこで一般人と喧嘩したらまた始末書でしょ?」

自分の仕事増えるだけじゃん。




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