ワルイオトナ2/7
その声でやっと動きが止まった。チッと舌打ちして私の腕を掴み、旦那に一瞥してから踵を返した。無言のままズンズン屯所の方に向かっている。残された旦那も何が何だかと言うような顔をしていた。私は会釈だけして引っ張られる土方さんの歩幅に着いて行くのに精一杯だった。

「何なんだありゃあ、総一郎君。」
「総悟でさァ。そんな心配ならハナから側に置いとけってんだ。」
「あの子同郷って聞いたけど?」
「ええ、まあ幼馴染?ってヤツですかね。」
「幼馴染ねェ…。」


***


土方さんは屯所に着くなり私の腕をすぐさま離した。そして無言のままさっさと行ってしまう。碌に口も聞いてくれないし自由に外にも出るなって事?それはあまりに傍若無人なんじゃないの?

「何かやる事はありませんか!」

先に廊下を歩く土方さんに後ろから叫んでみた。無視しないで。私はここにいるのに。声は予想外にも通って自分でもびっくりした。土方さんは苦虫を噛み潰した様な顔でゆっくり振り向いた。

「……お茶。あと始末書…、手伝え。」

言いたくなくて仕方ないって感じの絞り出した声に笑いそうになるのを何とか我慢する。やっと仕事が貰えたのに見す見す逃してなるものか。私は少しだけ笑顔を作り厨房へ向かった。


残された土方はその場に力なくしゃがみ込みはあああーと大きな溜息を吐く。
何なんだアイツ…。骨張った手で口元を抑える。まさか本当に江戸まで来るとは思ってもみなかった。こんな危ねェとこに置いときたくねェ。田舎で大人しく元気に過ごしていてくれる事が最大の望みだ。なのにあのクソガキ…。つっけんどんに接してみても一向に帰る気配すらねェ。挙句万事屋といつの間にか知り合いになってやがるし。汚されんだろうが。汚ェ大人が多いのに。そうは言っても目の見えないトコに置いとくのは気が気じゃねェ。不本意だが帰る気になるまで側に置くしかねェか…。子供の気まぐれにいつまで付き合えるか。胸ポケットからタバコを取り出した。また本数が増えそうだ。
名前が意気揚々と淹れたお茶は不味くて飲めたモンじゃなかった。


私はこの日から非公認で副長付きにはなったらしいが仕事以外で口を聞いてくれる事は滅多になかった。仕事だってめちゃくちゃ厳しい。鬼かって思う。鬼だった。でも非公認でも何でもこうして江戸で土方さんと一緒に仕事している事に変わりない。田舎で退屈に過ごしていた頃とは雲泥の差だ。いつか絶対公認になって真選組にとって無くてはならない重要な人物になって…!って別にそこまでは考えてない。土方さんや近藤さんや皆んなの側にいるだけでいいんだ。

「お茶入りましたー。」

今日もお茶汲み係はお盆に淹れたてのお茶を乗せて返事も待たず土方さんの部屋の襖を開けた。今日こそ旨いって言わせてみせる。いつもタバコの煙が朦々と霞んでいる部屋が今日は見渡せた。あれ?と思ってこの部屋の主を探すと文机に突っ伏して爆睡していた。側にそっと近寄って見る。全然気づかない。いいのか真選組の副長がこんなに隙だらけで。
伏せられた睫毛が長い…男のくせに。初めて間近で見るであろう寝顔は信じられないくらい整っていた。寝顔が綺麗ってもうそれだけで最強。
横に流れ落ちる黒い前髪をそっと指で払うと鬱陶しそうに眉間に皺を寄せる。それがおかしくて何回も同じ事をしていると、

「…よせ…、きみ…ぎく…、」

寝惚けながら零した言葉ははっきり聞き取れなかった…。きみ、ぎく…?って言った?…人の名前?固まっている私にきづいたのか土方さんの目がぱっちり開いた。

「…あ……?あーーー寝てたわ…。」

のっそり起き上がり首を回す。まだまだ眠たそうだ。何回か瞬きをして私の持っているお茶に手を伸ばし口に含んだ。

「…相変らず不味いな…。」
「……すみません…。」

今日もダメだった…。何度となく出されるダメ出しにさすがにしょげる。下を向いて口を尖らせているとポンと頭の上に大きな手が置かれた。

「何か不自由な事はねェか?」

見上げると目を少し細め口元は薄く笑っている。長い睫毛は深い緑色の目を縁取っていて、整っているとは常々思っていたがこうして間近で見るとダイレクトに飛び込んでくる男っぷりに心臓が破裂しそうになる。気圧されて一瞬口籠るが何とか絞り出した。

「…っ!な、な、なにも…っ、ない…っ!」
「そうか。不慣れな暮らしだろ。いつでも帰っていいぞ?」

一瞬ときめいたのにその言葉で一気に萎える。ダメだこの男。

「全く問題ありませんので!お気遣いなく!そのうち土方さんがひっくり返る様な美味しいお茶を淹れますっ!」
「ほーう、何年掛かんだろうな。無駄な足掻きは止めてさっさと帰った方がいいと思うぞ?」
「もう!帰りませんって!しつこいなー!」

憤って立ち上がる。口の利き方に怒られるかと思いきや土方さんはハハッと笑った。

笑った……っ?

屯所に来てから初めての笑顔だ。なんでこんな不意打ち食らわす様な事をするのか。私は唇を噛み締めて部屋から出た。顔が熱い…。

「もう…やだ…。」

手の甲で口元を抑え自分の気持ちを隠すのに精一杯だった。





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